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異物交換の三人

​お粥人

■キャラクター
♂テヅカコウイチ[一人称僕]   セリフ量:中
♂カジマユウタロウ[一人称俺] セリフ量:大
♂メクラキョウスケ[一人称私] セリフ量:特大

■シーン毎の時間配分(大体)
 シーン1     :10分
 シーン2     :14分
 シーン3     :8分
 シーン4     :24分
 シーン5     :7分
 シーン6     :23分
 シーン7     :4分
 シーン8     :14分
 シーン9     :4分
 シーン10    :41分
 シーンラスト:6分

■本編

●=====シーン1『喫茶店』==========================================================

4月2日

テヅカ「こんにちは……」
メクラ「ん、どうもこんにちは、そして初めまして。
    もしかしてあなたがテヅカさんですか?」

(少し間が空く)

メクラ「ん、どうかしましたか?
    神妙な顔つきですが……?」
テヅカ「……あ、いえ……その……」

(少し間が空く)

メクラ「ふぅ、とりあえずこちらの席へどうぞ。
    喫茶店のど真ん中で棒立ちというのも中々気まずいでしょう。
    どうぞ遠慮せずに」
テヅカ「は、はい……失礼します」
メクラ「で、軽く流されたのですがあなたがテヅカさんで間違いありませんか?」
テヅカ「あ、はい……間違いないです、僕がテヅカです」
メクラ「良かった!あなたが別人だったらどうしようかと!」
テヅカ「…………すいません」
メクラ「謝らないで下さい、むしろ謝るのは私の方です。
    突然こんな所へ呼び出してしまって申し訳ない。
    どうしても……聞きたいことがありましてね」
テヅカ「聞きたい事、それはもしかして目の事ですか……?」
メクラ「ええまさにその通りです!いやー驚きましたよ!
    あなたが私の手放した両目を自身に移植したと聞いた時は。
    まさか私の目を欲しがる人がこの世に存在するとは思いもしませんでした。
    まぁでも、本題にいきなり入るのも唐突です。
    とりあえず軽く自己紹介でもしておきましょうか、初対面ですし。
    私はメクラキョウスケと申します、以後お見知りおきを」
テヅカ「僕はテヅカコウイチです、宜しく……お願いします」

(少し間が空く)

メクラ「……ところでテヅカさん法律にお詳しいですか?
    実は私、弁護士をやっていましてね」
テヅカ「え?弁護士ですか?」
メクラ「どんな仕事かご存知ですか?」
テヅカ「い、いえあまり」
メクラ「弁護士はズバリ!犯罪者の罪を軽くする事が仕事なんですね。
    いや、冤罪に掛かった被告人を助ける仕事と言う方がしっくりきますか」
テヅカ「は、はぁ……その、何というか大変そうですね」
メクラ「ははは!大変ですよ!人一人の人生を握る訳ですから、重い仕事です」
テヅカ「は、はぁ……」
メクラ「所でテヅカさんはどのようなお仕事を?」
テヅカ「…………」
メクラ「んーでは当ててみましょう、そうですねえ……。
    テヅカさんは体が特別大きいという訳ではありませんし
    肉体労働ではなさそうですね。
    IT関連にお勤めでしょうか?それとも事務?変化球でライン工とか?
    いや、だいぶ若いようですし実は学生さんですかね?」
テヅカ「えーと僕はまだ未成年です。
    だけど学校には行っていません。
    その……コンビニでバイトを……」
メクラ「……失礼ですがご年齢は?」
テヅカ「16です」
メクラ「16?まだ高校生ではないですか。
    学校は中退……いや忘れて下さい。
    そうですか、今は頑張って仕事されている訳ですね」

(少し間が空く)

メクラ「はは、何だか間が持ちませんね!
    仕方ありません、会ったばかりの人間とベラベラ喋れる人は稀です」
テヅカ「……メクラさんは凄いですね……。
    初対面の人と気軽に喋れるなんて。
    僕は緊張で頭が回りません」
メクラ「弁護士は人と会話する仕事ですから。
    だから多少慣れているんです。
    あ、そうだ!テヅカさん何か飲みますか?
    会話していると喉も乾くでしょう」
テヅカ「いえ、僕は大丈夫です……」
メクラ「そうですか、強靭な喉をお持ちなのですね!」
テヅカ「あの……」
メクラ「ん?どうかなさいましたか?」
テヅカ「……本題に移りませんか?」

(少し間が空く)

メクラ「あ……ああ!すいません!
    話題がいろいろ路線外に逸れてしまいましたね!
    世間話もこれくらいにしておきましょうか!では……」
テヅカ「あの!」
メクラ「……はい?」
テヅカ「えーと……ありがとうございました!」
メクラ「……?」
テヅカ「この目、その……頂けて嬉しいです……。
    本当に……ありがとうございます。
    感謝してもしきれません……。
    僕はその……実は僕も感謝の言葉が言いたかったんです……。
    いつ言おうか悩んでたけど……言えました」
メクラ「はははそうですか……喜んで頂けて何よりです」
テヅカ「これでようやく僕は成し遂げる事が出来ます、これで……」
メクラ「成し遂げる……?」
テヅカ「あっ!いえ……何でもありません……」
メクラ「ふむ……ところで体調は良好なのですか?
    大変難しい移植手術と聞きました。
    下手をすれば失明も免れないと……」
テヅカ「この通り何も問題ありません。
    手術の跡も全然ありませんし……」
メクラ「そうですか、それは何よりです。
    目を提供した身としてもあなたが無事で本当に良かった。
    しかしあなたの話を聞いた時は本当に驚きました」
テヅカ「目そのものの移植ですからね……」
メクラ「そうですよ!目をまるごと移植するなんて事例聞いた事がない」
テヅカ「やはり……不思議な感覚ですか?
    その……自分の目に見られているというのは……」
メクラ「ふふ、まぁ不思議ですね。
    私はその目を手放しました、自分の世界から完全に破棄したんです。
    もう永遠にその目の事を耳にする事は無い、
    目にする事は無いと思っていました。
    しかし今、私の目の前にそれはある、不思議な話だ」
テヅカ「メクラさんはその……目を切除してから新たな目を自分に移植したんですか?
    よくよく思えば目を切除したのに普通に目がありますね」
メクラ「え、ええまぁ……やはり視力をまるごと失うのは怖いですから。
    新たに新調しましたよ、この通りテヅカさんのいる場所もバッチリ確認できます」
テヅカ「メ、メクラさんも危険な手術を乗り越えたってことですね……」
メクラ「いえいえ大人の私と未成年のあなたではリスクが違い過ぎます。
    やはり未成年の手術の方が難しいそうです。
    しかしその危険性はあなたも承知の上だったのでしょう?」
テヅカ「はい、手術の前に何度も念を押されました。
    本当に良いのか?失明する危険性もあるぞ……と」
メクラ「しかしあなたはその危険を押しのけて手術を行った」
テヅカ「……はい」
メクラ「一体何故?あなたはまだお若い……。
    そんな危険な手術やらずとも今後の人生に影響はないはずでしょう?」
テヅカ「……僕に今後の人生なんてありませんから」
メクラ「えっ?」
テヅカ「僕に……この先の人生なんて無いんです。
    だから視力を失おうと僕には何にも関係ないんですよ」
メクラ「テヅカさん、あなたまだ16歳ですよ?
    私より長い人生がこの先に待っているではないですか。
    人生が無いだなんて御冗談を……」
テヅカ「メクラさん、確かに僕が生きる時間はメクラさんより長いかもしれませんね。
    だけど僕の生きる時間に意味なんて無いんですよ」
メクラ「……生きる時間に意味はない、ですか……。
    似たような言葉、別の場所でも聞きましたね。
    何処か分かりますか?
テヅカ「い、いえ……」
メクラ「牢獄ですよ、しかもあと3日で死刑が執行される死刑囚の言葉」
テヅカ「…………」

(少し間が空く)

メクラ「ふぅ……何がともあれテヅカさんが何か深い事情を抱えているのはよく分かりました。
    貴方の事を聞きたいのは山々ですがこれ以上あなたを詮索しないようにします。
    どうにも話したくないような雰囲気ですので」
テヅカ「メクラさん、すいません。
    あなたから勝手に目を奪ったのは僕なのに、
    その……あまり役に立てなくて……」
メクラ「お気になさらないで下さい。
    その目は私自ら手放したのです。
    だからその目はもう完全にあなたのものであり、
    そしてあなたが目を移植する前から誰のものでもないのです。
    それに誰にでも知られたくない事情はあるものですよ。
    それを他人に公開するもしないも自らの自由。
    他人がその選択に難癖付けるのは間違っています」
テヅカ「メクラさん……。
    僕はその……どうしてもやらなければいけない事があるんです。
    それは、メクラさんの目が無ければ到底果たせぬものでした」
メクラ「やらなければいけない事……ですか」
テヅカ「僕は妹に会いたいんです。
    いや、会わなければならない。
    だからあなたの目を移植しました」
メクラ「テヅカさん……それは私が聞いて良いものなのですか?」
テヅカ「メクラさん言いましたよね。
    自分の事を他人に公開するもしないも自らの自由と。
    だから……思うがままに口にしました……」
メクラ「テヅカさん……」
テヅカ「…………」
メクラ「会って……一体どうしようというのですか……相手は……」

(少し間が空く)

メクラ「亡くなっているのでしょう……?」

●=====シーン2『ファミレス』==========================================================

4月3日

カジマ「あぁ、お待たせ」
メクラ「…………」
カジマ「あの……もしもし?」

(少し間が空く)

カジマ「もしもし!?」
メクラ「あ、すいません。
    ぼーっとしていました……」
カジマ「良かった……。
    耳、聞こえないのかと思ったよ」
メクラ「耳ですか?耳はとても良好ですよ、この通り!」
カジマ「そりゃ良かったよ、移植手術は無事成功したようだな。
    とりあえず一件落着という訳だ」
メクラ「ええ、おかげさまで無事に。
    あ、とりあえず初対面ですし自己紹介でもしておきましょうか。
    私はメクラキョウスケです、以後お見知りおきを」
カジマ「あぁ宜しくな。
    俺はカジマユウタロウってんだ」
メクラ「ところで私に何の用でしょうか?
    突然会いたいと連絡を受けた時は驚きました。
    まぁ……おおよそ予想はつきますが……」
カジマ「あぁ、ちょっと気になってな……あんたのこと」
メクラ「もしかして耳のことですか?」
カジマ「ご名答!あんた察しが良いね」
メクラ「察しが良くないと生きていけない職に就いていますので」
カジマ「察しが良くないと……ねぇ。
    何だ?探偵でもやってんのか?」
メクラ「いえ、私は弁護士をやっています」
カジマ「成程な、確かに弁護士は頭使うだろうな」
メクラ「カジマさんは弁護士について詳しいのですか?」
カジマ「ちょっとだけ。
    俺も一時期検事になりたいと思っていたから裁判関連には少し詳しい。
    だけど俺には無理だ、俺は短絡的だからよ。
    考えること、苦手なんだ」
メクラ「まぁ……本職に就いている身としてもあまりオススメは出来ませんね。
    人の運命を判断する仕事ですから、気の重くなる毎日を過ごす羽目になりますよ」
カジマ「ははは、なるにも沢山の勉強をしなきゃいけないしな。
    あ、それで本題なんだが……あんたにあげた耳、状態は今の所良好なのか?」
メクラ「ええ、とても良好ですよ」
カジマ「その……やっぱり聞こえるのか?」
メクラ「はい、バッチリ聞こえます」
カジマ「そうか……いや、それがあんたの望んだ事なら別にいいんだがな……。
    俺はその耳を手放したし……もう関係ないから」
メクラ「カジマさんには感謝してもしきれません。
    こんな素晴らしい耳を頂けるなんて」
カジマ「俺にはもう要らねぇものだからな、全然問題ない……。
    それよりあんた、何でその……耳が欲しかったんだ?」
メクラ「理由ですか……?」
カジマ「あぁ、危険な整形手術だって聞いたぜ。
    成功率は30%あれば良い方。
    失敗すれば聴覚を失うと聞いた時はゾッとしたよ。
    何故そこまでして?」
メクラ「それは……今後の為、未来の為です」
カジマ「……未来?」
メクラ「ええ、私は確実に未来を切り開く力が欲しかった。
    そこで噂に聞いたのがあなたの耳だった。
    そう、未来が聴こえる耳」
カジマ「未来を切り開く……か。
    まさかあんたその耳を仕事に活かそうってのか?
    未来が少しでも分かれば裁判だって有利に進められる、そうなんだな?」
メクラ「ははは、カジマさんも察しが良いですね。
    そうですよ、私は確実に仕事をこなす為にこの耳が欲しかった。
    未来が分かってしまえば裁判なんて、おちゃのこさいさい……。
    そう思いませんか?」
カジマ「まぁ、聞こえた未来がいつの未来か正確に分かればな……」
メクラ「話によれば1分後の未来が聞こえてくることもあれば、
    10年後の未来が聞こえてくることもあるそうですね」
カジマ「あぁそうだよ、よく知っているじゃないか」
メクラ「はい、移植する前にかなり調査しましたから。
    本当に欲しかったものですから……」
カジマ「……あんたその耳に興味津々だし、
    耳について少し俺の話、聞いていくか?
    俺の体験……少しは今後の為になるだろ」
メクラ「良いのですか?であれば是非聞かせて下さい。
    面白いエピソードも豊富でしょうしね」
カジマ「まぁな、その耳のおかげで助けられたこともあれば、
    苦労させられたこともある。
    そうだな……まずどんなこと聞きたい?」
メクラ「んー……やはり気になるのは
    未来が聞こえることに気が付いたキッカケですね。
    普通未来が聞こえて来るなんて誰も思わないでしょう。
    何故気付いたのですか?ご自身の耳が未来を聞いていると」
カジマ「あぁ……キッカケは些細なことだったよ。
    まず大前提として俺の耳は幼少期からおかしかったんだ。
    耳にはひっきりなしに人の声と不思議な環境音が聴こえてくる。
    夜、ベッドで寝ている時。
    授業中、ご飯を食べている時。
    それは境を知らなかった。
    ただ生活に支障は出ないし特に気にしてはいなかったよ。
    聞こえてくる音がどんな感じかは耳を移植したあんたにも分かるだろ?」
メクラ「ええ、突然頭の中で演劇が始まるような感覚ですね。
    唐突に聞こえるはずの無い声と物音が唐突に聴こえてくる、不思議な話です」
カジマ「母は俺の頭に障害があるのではないかと勘ぐっていた。
    父は俺の事を気味悪がっていた。
    妹も小学生の頃は仲が良かったんだがな……。
    不可思議な事を口にする俺を徐々に避けてくようになった」
メクラ「妹さん、いらっしゃるんですね」
カジマ「あぁ……歳は2つ下。
    小さい頃は本当に仲が良かったんだ。
    今はその……見る影もないがな。
    俺は嫌いじゃないんだが、やはり妹は俺のこと怖いみたいで」
メクラ「私は兄弟がいないので羨ましい限りです。
    あなたが愛する妹さん……さぞかしお綺麗なんでしょうね」
カジマ「ははは!まぁ……可愛いよ、自慢の妹さ……」
メクラ「ははは!そうですか」
カジマ「で……まぁ察しの通り俺は周りから白い目で見られていた。
    小学生の頃は周りの目なんて気にしていなかったからな。
    耳に聞こえたことをそのまま周りに垂れ流していたら、
    気付けば友達も家族も遠くの存在になっていた。
    当然と言えば当然さ。
    あることないこと喋り続ける人間を変だと思わない奴はいない」
メクラ「苦労……していたんですね」
カジマ「今となっちゃ意味の無い過去だよ。
    俺は今が楽しいんだ、だから過去はもう気にしない」
メクラ「とても潔い性格……これまた羨ましい」
カジマ「ははは……あんたは人を褒めるのが上手いな、褒めても何も出ないぜ」
メクラ「職業柄、あることないこと言うのは得意なんです。
    あ!先程口にした言葉は全て私の本心ですよ。
    あることない事言うのは仕事の時だけです」
カジマ「裁判所でもあることない事言ってるのか……?
    まぁいいや、とりあえずあんたの言葉素直に受け取っておくよ」
メクラ「それは恐縮です」
カジマ「で、耳が俺に未来を告げている事に気が付いたのは中学生の頃。
    その頃には聞こえてくる言葉にはあまり関心を抱かなくなっていた。
    だけどある日俺は奇妙な物音を聞いてな。
    まず、声が聞こえてきたんだが聞き覚えがある上に物騒な事を呟いていた。
    僕はもう疲れたよ……そう言っていたんだ。
    その後は鉄を弾くカンッて音が鳴ったと思ったら数秒後に
    アスファルトに何かを叩きつけた様な鈍い音が響いた。
    で、女性の悲鳴さ……物騒だろ?」
メクラ「それは確かに物騒ですね。
    しかし聞き覚えるのある声とは誰なのですか?」
カジマ「正確には分からないんだ。
    ただ、校舎内で聞いた事のある声だった。
    暗くて、ボソボソと喋っていたそいつの声は
    絶望感に支配されたようにどんよりとしていた。
    最初は別に気にしていなかったけど、妙にその……頭に残ったんだよな。
    今にも死にそうなその声が脳裏を離れなかった。
    だから俺は自分の中のモヤモヤを消す為におもむろに校舎の屋上に出向いたんだ」
メクラ「屋上……確かに屋上で風に当たると心がスッキリとした感覚になりますね。
    私も受験勉強を必死に行っていた頃はよく風に当たって自分の心を整理していました」
カジマ「俺はただ風に当たりたくて屋上に向かった訳じゃないぜ。
    耳には声に混じって激しい風の音も聞こえてきたんだ。
    だから、声の奴がもしかしたら屋上にいるんじゃないかって思ったのさ。
    それに後に聞こえた鈍い音、あれは何かがアスファルトに落ちた音だと考えた。
    鉄を弾く音、あれは正確には鉄を弾いたのではなく、
    鉄から手を離した音だったのではないかと推測した。
    そして最後に悲痛な悲鳴さ。
    これらの音を色々思考して繋ぎ合わせると……」
メクラ「……飛び降り」
カジマ「ご名答」
メクラ「成程、屋上に行きたくなる気持ちも分かりますね」
カジマ「あぁ、だけど俺が屋上に向かったのは本当に偶然さ。
    ただ、まさか……本当に居る訳ないよな?っていう
    小さな心の疑問を解決したくて屋上に向かった。
    そうしたらさ……驚く事にそこに居たんだよ、そいつが」
メクラ「そ、それは凄い偶然ですね」
カジマ「あぁ、俺はそいつの姿を見て心臓が飛び出るかと思った。
    なにせそいつは屋上の柵の上に立っていたんだからな。
    もう一歩先に足を踏み出したらアスファルトに真っ逆さまって所で
    俺がそいつの足を掴んだ。
    無我夢中だったよ、俺は動転してあまりその時の記憶が無いんだが……。
    でも必死に大声でそいつを説教していた気がする。
    そいつも怖かったろうな、見知らぬ奴に怒鳴られて」
メクラ「まさに奇跡の耳……ですね。
    未来を見通す力で人を一人死から救った訳ですか。
    素晴らしい限りです」
カジマ「偶然さ、本当に偶然だったんだ。
    だけど、その一件で俺は気付いちまった。
    聞こえてきたあの物音はこいつが自殺する時の物音だったって。
    聞こえてくる数々の声や音は未来を見通すもんだって」
メクラ「中々、常人には体験できないエピソードですね」
カジマ「常人には体験できない、ね……。
    まぁ俺もその耳がなきゃただのモブさ。
    これからは俺もただの人間として生きていくんだ、清々するよ」
メクラ「ん、ちょっと待って下さい?
    人を助けた経験をしたんですよね?
    その後、何か進展は無かったのですか?」
カジマ「進展?何のことだ」
メクラ「自殺しようとしていた生徒を助けたんです。
    一躍その噂が学校中に広まってヒーローになる!
    なんてことはなかったんですか?」
カジマ「あぁ……まぁあったにはあったよ。
    助けた後、俺は職員室にそいつと向かって先生に事情を説明した。
    その後は噂が瞬く間に広まってさ、その……中々の人気者にはなれたよ。
    人一人救った救世主としてな」
メクラ「んー……」
カジマ「どうした?深刻そうな顔して」
メクラ「いえ……少し違和感を覚えまして。
    あなたはその耳のおかげで一躍ヒーローに返り咲いたのでしょう?
    では最終的にあなたは耳のおかげで幸せになれたのでは?
    確かに耳の件で友達や家族の信頼を失くしたのは悲しいことですが……。
    しかし耳が未来を見通すと分かればそれを有効的に使えるようになるはずです。
    後は素晴らしい力を利用してさらに人気者になれたのではないか、と。
    …………思いましてね」

(少し間が空く)

カジマ「まぁ、な……有効的に使えていればその耳を手放さずに済んだのかもな」

(少し間が空く)

カジマ「悪い、俺これから用事があるんだ。
    すまないがここで一旦解散で良いかな」
メクラ「ええ構いません、今日はありがとうございました」
カジマ「いや、こちらこそいきなり呼び出して悪かったな、ありがとう」
メクラ「カジマさん」
カジマ「ん?何だ」
メクラ「また、お話をお聞かせ願えませんか?
    その……あなたの耳を持つ身としてもっといろんな話を聞いてみたいのです。
    あなたが嫌というのであれば強制はしませんが……」
カジマ「あぁ良いよ、今日はあんたの事あまり聞けなかったが今度はあんたの事も教えてくれ。
    仕事内容とか……ま、いろいろ」
メクラ「ええ、良いですよ」
カジマ「じゃ」
メクラ「お疲れ様です」

(少し間が空く)

カジマ「あっ!そうだ!なぁあんた!」
メクラ「はい?」
カジマ「あんたにこれだけは言っておく予定だったんだ!忘れるところだったよ!」
メクラ「何でしょうか?」
カジマ「……俺の邪魔だけは絶対にしないでくれよ」

(少し間が空く)

メクラ「何の事ですか?」
カジマ「あれ?察しの良いあんたならすぐ気が付くと思ったけどな」
メクラ「んー……次会うまでに回答を考えておきます」
カジマ「……はいよ、じゃ今度こそお疲れ」
メクラ「ええ、お疲れ様です……」

(少し間が空く)

メクラ「……邪魔するな、か……」

●=====シーン3『喫茶店』==========================================================

4月3日

カジマ「もしかしてあなたがテヅカさん?」
テヅカ「えっ?……あ、どうも」
カジマ「あ、どうもどうもー……じゃなくて!あなたテヅカさん?」
テヅカ「……はい、テヅカですが……」
カジマ「おおお、ついに会えたか!宜しくお願いします!俺、カジマ」
テヅカ「あ……宜しくお願いします」
カジマ「横、失礼しちゃうよ」
テヅカ「え、はい……」

(少し間が空く)

テヅカ「……あの、僕に何か用ですか?」
カジマ「あぁそうだ!いきなりすまないな!
    ちょっとテヅカさんに会ってみたくてさ」
テヅカ「あ、会ってみたい……?」
カジマ「まず先に言っておく、本当にありがとうございました!」
テヅカ「えっ、えっ……何で!?というかその……初対面ですよね……?」
カジマ「あ、そうか……そうだな。
    じゃあ正式に自己紹介しておきましょう。
    俺はカジマユウタロウ、改めて宜しくお願いします」
テヅカ「は、はぁ……僕はテヅカコウイチです……。
    よ、宜しくお願いします」

(少し間が空く)

テヅカ「あの……」
カジマ「ん?」
テヅカ「用件は何ですか?僕の顔をジーッと見ているようですけど……」
カジマ「あぁ、すまない……その……。
    冷静になればなる程首を傾げたくなるんだ、なんでかな」
テヅカ「はい?」
カジマ「ああいや、独り言だ……忘れてくれ。
    用件はその、さっきも言ったが
    どうしてもあんたにお礼が言いたくてな。
    迷惑が掛かるのは承知で居場所を調べて突撃した訳だ。
    驚かせて申し訳ない」
テヅカ「は、はぁ……お礼ですか……思い当たる節はありませんけど……」
カジマ「まぁまぁ!とりあえず此処は落ち着きましょ。
    あ、コーヒー一つ頼みます」

(少し間が空く)

カジマ「テヅカさん、何読んでるんです?」
テヅカ「……新聞です」
カジマ「へぇ、朝早くに喫茶店でカフェラテを飲みながら
    優雅に新聞を読み耽る……実に素晴らしい習慣ですねぇ。
    おまけに花束まで持って……これからデートか何かですか?」
テヅカ「あの、それで僕に何の用なんですか?
    宗教の勧誘だとかそんなのはお断りしますけど……」
カジマ「さっきも言ったでしょう、お礼をしに来たんですよ」
テヅカ「そのお礼というのは何に対してのお礼ですか?」
カジマ「あなたから貰ったコレの……お礼ですよ」
テヅカ「コレ?」

(長い間が空く)

テヅカ「ま、まさかあなたのそれ……僕の……」
カジマ「ええ、そのまさかなんです。
    この度はコレの移植が無事終了したんでね。
    その件でお礼を言いに来ました」
テヅカ「何故……何故!」
カジマ「決まっているでしょう。
    これの力を借りたかったんですよ」
テヅカ「そ……そんな……!」
カジマ「テヅカさん、何驚いているんですか?」
テヅカ「それを持つ事がどういう事か分かっているんですか?」
カジマ「ええ分かっていますよ。
    分かっているからこそ移植したんです」
テヅカ「信じられない……。
    今すぐ……今すぐ元の姿に戻るべきだ!
    手術代は僕が負担しましょう!だから!」
カジマ「ははは、冗談が過ぎますよ。
    手術の費用がどれだけ掛かるか知っているんですか?」
テヅカ「ええっと、その……僕が一生掛かってでも払いますから!」
カジマ「テヅカさん……。
    テヅカさんが俺の行動や意思を決める権利は無いはずです。
    俺は自分の意志でコレを移植したんです。
    もうコレは俺の物です。
    だからあなたにコレの使い道を決める権利は無いんですよ」
テヅカ「だからって……そんな……」
カジマ「テヅカさん、俺はあなたにコレを見せびらかしに来た訳じゃありません。
    ただ素晴らしい物を俺に譲ってくれたあなたに感謝の言葉を伝えたかった。
    だから俺とあなたの関係はこの一瞬で終わり、良いですね?
    では俺の用は済んだんでこれで失礼します、本当にありがとうございました」
テヅカ「待って下さい。
    あなたが何か企んでいる事は明白ですが僕はそれを止めなければならない」
カジマ「企んでいる?まぁ、やっぱり何をするか粗方予想はつきますか。
    でもあなたには関係の無い事です」
テヅカ「いいや!関係ありますよ!それは元々僕の所持品です!
    僕はそれのせいで地獄を見てきたんだ……。
    だから同じ道をあなたに歩ませる訳にはいかない……」
カジマ「テヅカさん、俺は覚悟を決める為にこの腕を移植するって誓ったんだ。
    だから何を言おうと無駄ですよ、俺は決意したんですから」
テヅカ「覚悟……?じゃああなたは本当に……」
カジマ「ええ、本当に……やりますよ」
テヅカ「駄目だ」
カジマ「えっ?」
テヅカ「駄目です……駄目……駄目なんです!
    僕は全力であなたを止めますよ!絶対に止めます!」
カジマ「はぁ……あなたもコレを所有していた身でしょう?
    だったら……俺の気持ち、理解できるんじゃないかと思っていました。
    あなたなら自分の子供の願いを聞き入れる親の気持ちで送り出してくれると思っていましたよ」
テヅカ「…………」
カジマ「まぁ良いです。
    テヅカさんがどれだけ俺の邪魔をしようと知ったことではない。
    俺は必ず成し遂げます、だからあなたは俺に関わらないで下さい。
    良いですか?もう一度言います。
    あなたが俺にどれだけちょっかい掛けようが俺は必ず成し遂げます。
    この意味、分かりますか?」
テヅカ「……い、いえ……」
カジマ「あなたがどれだけ俺の事情に介入しようが結末は変わらないってことですよ。
    首突っ込んであなたが不幸になるか、
    首突っ込まないであなたがいつも通りの日常を送るか。
    これだけの違いしか生まれないんですよ。
    だからあなたは俺に今後一切関わらない事が一番です、良いですね?」
テヅカ「…………」

(少し間が空く)

カジマ「返事がありませんが理解してくれたと解釈しておきます。
    では俺行きますんで……忙しい中突然声掛けて申し訳ありませんでした。
    ではお元気で」
テヅカ「あの……」
カジマ「……何ですか」
テヅカ「これは僕の勝手な思い込みかもしれません……。
    だけど一つだけ聞きたい事があります。
    質問しても良いですか……?」
カジマ「はい」
テヅカ「心の中ではその……。
    本当は自分を止めてほしいと思っているんじゃないですか?
    だからわざわざ僕の前に来た……。
    ち、違いますか……?」
カジマ「…………」

(少し間が空く)

カジマ「俺、こう見えて意外と小心者何ですよ……。
    何か機転が無いと全然動ける気がしなかった。
    だから決意と覚悟を表明する為に此処へ来た。
    表明する人間がたまたまコレの前所有者であるあなたになっただけで、
    あなたの前に現れた事に特に意味はありません」
テヅカ「…………」
カジマ「だけど此処に来たおかげで踏ん切りがつきましたよ。
    俺、やりますよ……必ず」
テヅカ「……ッ!こんなの……何故……」
カジマ「では俺行きますんで……」

(少し間が空く)

カジマ「……あんた何処かで……」
テヅカ「えっ……?」
カジマ「いや何でもないです……。
    俺の事……邪魔しないでくださいね」
テヅカ「あっ……」

(少し間が空く)

テヅカ「そんな馬鹿な……」

●=====シーン4『喫茶店』==========================================================

4月5日

メクラ「いやはや感動の再開……というべきでしょうか。
    お久しぶりですね、約3日ぶり……ですか。
    お元気でしたか?」
テヅカ「えっと……僕はあなたの言葉に対してどう突っ込むべきですか?」
メクラ「あぁ、別に流してもらって構いませんよ。
    それにしてもまさかテヅカさんから呼んで頂けるなんて思いもしませんでした」
テヅカ「その……そんなに驚く事でしょうか……」
メクラ「まぁ2日前会った時はテヅカさん、私に対してかなり引き気味でしたからね。
    離れ際にまた会いましょうなんて言ってくれましたが
    私に気を遣ってくれていたのかと」
テヅカ「……引き気味……だったのは確かですが……」
メクラ「あ、確かだったんですね……それはそれで微妙な気持ちになります」
テヅカ「とりあえずその……相談が、したくて……。
    メクラさんをお呼びしました……」
メクラ「相談ですか……仕事探しなら別を当たった方が……」
テヅカ「別に仕事は探してません……」
メクラ「弁護士になるにはそれ相応の勉強をしなければいけませんよ?」
テヅカ「あの、真面目に話して下さい……」
メクラ「あはは!すいません!少し場を和ませようと努力したのですが……。
    私のジョークはどうもウケが悪くて。
    どうやらセンスが無いようです」
テヅカ「…………」
メクラ「それで……私に相談とは一体何を?」
テヅカ「えっと……メクラさんって警察の人と仲が良いですか?」
メクラ「警察と仲?ええっと仕事柄知り合いはいますが
    仲良しかと聞かれれば素直にイエスとは答えられません」
テヅカ「あっ……そうですか」
メクラ「警察が捕まえた罪人を裁判で守るのが私の仕事です。
    無論、警察の意向に背く立場ですから、
    あまり良いように思われないのが常です」
テヅカ「うーん……参ったな……」
メクラ「警察に何か用なのですか?」
テヅカ「僕の友人がその……そのですね……。
    犯罪を今まさに起こそうとしているんです」
メクラ「それは深刻そうですねぇ……」
テヅカ「だからその……犯罪を起こす前に
    警察に対処してもらう事は出来ないかなと考えて……」
メクラ「それで警察関係者に縁がありそうな私に相談を持ち掛けた訳ですか」
テヅカ「はい……」
メクラ「ふむ……かなり重大な問題を抱えているようですが……。
    そのご友人が犯罪を起こす、という明確な証拠はあるのですか?」
テヅカ「えっ……証拠?」
メクラ「法の世界では証拠が全てです。
    昔、ネット掲示板に犯罪予告を書き込んで逮捕された事例がありました。
    この逮捕者、犯罪を起こす前に逮捕されていますが
    逮捕された理由は犯行声明がネット掲示板に証拠として残っていたからです」
テヅカ「は、はぁ……」
メクラ「つまり警察は証拠が無いと一切動いてくれないんですよ。
    テヅカさんのご友人が犯罪を今後起こす証拠があれば
    警察は何かしら動いてくれるとは思いますが……」
テヅカ「あぁ……うーん……。
    僕が犯行声明を聞いた、では駄目ですか?」
メクラ「それでは少し厳しいと思いますね、物的証拠が無いと」
テヅカ「じゃあ、事前に動いてもらう事は無理ってことですか?」
メクラ「物的証拠が無ければ無理でしょうね」
テヅカ「……ああどうしよう……」
メクラ「ちなみにそのご友人は何を仕出かすおつもりなんですか?」
テヅカ「それは……」

(少し間が空く)

テヅカ「ごめんなさい、まだ他人に教える勇気が湧きません」
メクラ「そうですか、まぁ仕方ない事です。
    そうそう他人に教えられる情報ではなさそうですし。
    情報を開示するもしないも自由ですし」
テヅカ「…………」

(少し間が空く)

メクラ「ふむ、テヅカさんはもう諦めムードですが……。
    必ずしも警察に頼る必要はないと思いますよ?」
テヅカ「えっ?」
メクラ「その方、テヅカさんのご友人何でしょう?
    であれば、あなたが説得されてはどうですか?
    仲の良い方の必死な訴えがあれば心も揺らぐと思いますけど」
テヅカ「多分無理です、何度も止めようとしました。
    だけど、全然話を聞いてくれなくて……。
    それに……友人なんてのも実は嘘なんです、ごめんなさい。
    昨日あったばかりのいわば他人で……」
メクラ「昨日会ったばかり?」
テヅカ「はい、だから僕の言葉を聞き入れてくれる事は無さそうです……」
メクラ「ううん……不思議ですねぇ。
    ということはその方は初対面の人間に
    突然犯行声明を行ったという事ですよね。
    一体どのような方なのですか?とても正気とは思えませんが……」
テヅカ「ええと……見た目のお話ですか?」
メクラ「私に教えて頂ける情報であれば何でも聞きますよ。
    そうですね……見た目、性格など個人が特定できない
    あやふやな情報であればあなたの口から聞けそうですか?」
テヅカ「はい……それくらいなら……。
    体格は結構ガッチリしていましたね。
    多分何かスポーツをやっていたんじゃないかと……」
メクラ「ふむふむ」
テヅカ「性格は……少し他人の気持ちを考えない人の気が……。
    後は自分で小心者って言ってました。
    僕にはそのように見えませんでしたが……」
メクラ「ううむ」
テヅカ「……くらい、ですかね……」
メクラ「その方の一人称は何ですか?」
テヅカ「あー……えっと、確か俺だったと思います」
メクラ「あなたより年上ですか?」
テヅカ「そうですね……でも歳は近いと思います」
メクラ「あなたに対して敬語でしたか?」
テヅカ「うーん……半々ですかね。
    真面目に話している時はずっと敬語でしたけど、
    普通の時はため口でした」
メクラ「成程成程……最初会った時どのような会話をしましたか?」
テヅカ「えっとそうですね……って!そこまで聞くんですか!?」
メクラ「あはは、さすがにそこまで教えてはくれませんか。
    いやはやガードが堅い」
テヅカ「……メクラさん人を乗せるの上手いですよね。
    あやうくベラベラ喋る所でした」
メクラ「人から話を聞く事も仕事の内ですから。
    話を引き出す事には長けているつもりです。
    しかし積極的にお話をしてくれたのはテヅカさんです。
    以外にテヅカさん、お話好きなのでは?」
テヅカ「……そんなことはないです……」
メクラ「そうですかね?2日前に比べてかなり口が達者になっているような気がします。
    まるで別人と会話しているようだ」
テヅカ「僕は正真正銘テヅカです、そんなに別人に見えますか?」
メクラ「見えますね!本音を言うと2日前は亡霊と話しているような感覚でしたから。
    少なくとも対面していたあなたから生気を感じられなかった」
テヅカ「そうなんですか……それはすいません。
    さぞかし気持ち悪かったでしょうね……」
メクラ「いえ、そうは思っていませんよ。
    仕事柄、死が近い人間と話すことは多いですから。
    そういう人と対面するのは慣れています」
テヅカ「それは僕が死刑囚とか犯罪者とかと
    同じ雰囲気を醸し出していたと言っています?」
メクラ「はい、2日前は同じ匂いがしました。
    どちらかというと死を悟った死刑囚の雰囲気でしたね。
    しかし今は違います、すっかり生気が戻っているように感じる」
テヅカ「僕自身は特に変わった気がしませんけど」
メクラ「これは単なる予想に過ぎませんが……。
    テヅカさんが生きる意味を見つけたから再び生気が戻った……。
    とは考えられないでしょうか」
テヅカ「……生きる意味?」
メクラ「2日前のテヅカさんはこの先に人生は無いと言っていた。
    私は感じ取りました、テヅカさんは生きている意味を見失っているのだと。
    だけど今は違います、あなたは人を一人救おうとしている。
    それがあなたの生きる意味になっているのではないでしょうか」
テヅカ「…………」
メクラ「正直私には分かりません。
    昨日あったばかりの人間を必死に救おうとするあなたが。
    でも、それがあなたの生きる原動力となっているのなら、
    私は是非とも応援したいですね」
テヅカ「…………」
メクラ「ですから、積極的にご協力しますよ。
    目の前で困っている人が居るのは見過ごせません」
テヅカ「……そんなことを言われるとは思いませんでした。
    ただの冗談……そう一蹴されるのがオチかと……心の奥で思っていました」
メクラ「本気で悩んでいる人間を冗談で一蹴する者は人間ではありませんね。
    私がこの仕事に就いたのは人助けをする為です。
    長年弁護士という仕事を続けてきましたが
    その根底に存在する信念が変わることはありませんよ」

(少し間が空く)

テヅカ「あの……聞いて頂けますか……?僕のこの悩み……」
メクラ「ええ、聞きますとも」

(長い間が空く)

テヅカ「実は……その人は誰かを殺そうとしているんです」

(長い間が空く)

メクラ「……誰か?つまり人……?
    すいません、良く聞こえませんでした」
テヅカ「……人を殺そうとしているんです」

(長い間が空く)

メクラ「あなたがその人を必死に止めようとしている理由がよく分かりました」
テヅカ「…………」
メクラ「予想以上です、予想以上に深刻な問題でした。
    そうですか、殺人を犯そうとしているんですね」
テヅカ「はい、恐らく」
メクラ「恐らく?」
テヅカ「本人から直接殺人を行うという声明は聞いていません。
    だけど僕は分かるんです。
    その人は確実に誰かを殺そうとしている」
メクラ「これは聞いて良い内容か分かりませんが……。
    何故、分かるのですか?その方が殺人を犯すであろうことが」

(長い間が空く)

テヅカ「その人が、僕の腕を持っているからです」
メクラ「う、腕……?」
テヅカ「はい、僕の右腕を持っているからです」
メクラ「ははは……状況が良く分かりませんね、申し訳ない。
    それにテヅカさんの右手はそこにあるではありませんか」
テヅカ「これは義手です、手袋をしていたから分からなかったと思いますが……」
メクラ「…………」
テヅカ「意味が分からないのは無理ないと思います……」
メクラ「……そのお話、詳しくお聞きしても宜しいですか?」

(少し間が空く)

テヅカ「はい……でもこれも誰にも知られたくない事情でした……。
    だけどメクラさんにだけは教えられる。
    今すぐにでも忘れたい僕の過去……僕の腕の事を……。
    覚悟、決めました」
メクラ「…………あなたの覚悟、しかと聞かせて頂きます」
テヅカ「2日前、僕は妹に会いたいと言いましたよね」
メクラ「はい、今もはっきり覚えていますよ」
テヅカ「そして僕の妹が既に故人であることも、言いましたよね。
    だからこそメクラさんの、霊を目視できる眼を移植したと」
メクラ「はい、聞きました」
テヅカ「その妹を殺したのは僕なんです」
メクラ「えっ!?あんなに会いたがっていた妹さんを殺害した犯人があなた?」
テヅカ「はい、僕が……殺しました」

(長い間が空く)

メクラ「そ、それはその……。
    …………………………」
テヅカ「……そりゃあ驚きますよね……。
    自分で殺した人間に会いたいが為に
    危険を冒してまで移植手術をした……。
    誰がどう聞いたって異常者の行動です」
メクラ「…………それもそうですが……。
    まさかあなたが殺人に手を染めていたとは……」
テヅカ「だけど信じて下さい……。
    僕は断じて妹を殺したくて殺した訳じゃないんです……。
    全ては僕の右腕が仕出かした事なんです、僕自身の意思ではありません……」
メクラ「右腕、ですか」
テヅカ「僕の右腕は僕の意思に反して勝手に動くんです。
    そう別の生き物が右腕に住み着いているような感覚で」
メクラ「勝手に動く……というのは一体どのように」
テヅカ「条件はあまり分かりません……。
    ですが僕の腕は人を殺そうとするんです」
メクラ「やけに物騒な右腕ですね……ってまさか……」
テヅカ「そのまさかです。
    僕と妹の部屋は一緒でした。
    妹は重度の喘息持ちでしたので突然の発作が起きた時でも
    僕がすぐに対応できるよう母があえて同部屋にしていたんです。
    しかしそれがまったくの逆効果になってしまった……。
    ある休日の午後、僕の妹は高熱を出して倒れこみました」
メクラ「喘息に風邪ですか、これはまた酷な組み合わせだ……」
テヅカ「はい、とても危険な組み合わせでしたので
    僕が付きっきりで看病していたんです。
    だけど僕も緊張と疲労で疲れてしまって……。
    妹にもたれ掛かる様に寝てしまいました」
メクラ「…………緊張が高ぶると疲労も倍増します。
    致し方ありませんね……」
テヅカ「しかしそれが……それが致命的でした。
    意識を失う直前、朦朧とした意識の中で見た高熱で苦しむ妹の姿が
    僕が最後に見た生きた妹の姿だったんです。
    目を覚ますとそこには静寂を取り戻した妹の姿が横たわっていました。
    今でもハッキリ覚えています、その青ざめた妹の表情。
    とても安らかでとても……死んでいるようには見えませんでした」
メクラ「あなたが寝ている間に一体何があったというのですか……」
テヅカ「ふと僕は自分の右腕が妹の胸の上にある事に勘付きました。
    寝起きで朦朧としていたので最初は分かりませんでしたが、
    意識がハッキリしていくに連れ、僕はその右腕が
    物凄い力で妹の胸を圧迫している事に気が付いたんです。
    妹の胸は不自然なまでに陥没していました。
    僕は慌ててその腕を妹の胸元から引き剥がしましたが
    その光景を垣間見た僕は瞬間的に理解してしまった。
    自分が……自分の腕が妹の息の根を止めていた事に。
    自分の腕が妹に暴力を振るっていた事に」
メクラ「何てことだ……」
テヅカ「その後の事はあまり覚えていません。
    変わり果てた妹の姿を見てまた意識が遠のきそうになりました。
    フラフラと母の元へ向かい、ただ……無言で母の腕を引っ張りました。
    そのまま妹の元へ連れていき、そして母は崩れ落ち、僕は唖然としていました。
    僕は……あまりのショックで泣く事も出来なかった。
    改めて妹の無惨な胸元を目に焼き付けて絶望する事しか……出来なかった」
メクラ「…………壮絶……ですね」
テヅカ「…………」
メクラ「あなたはその後どうなったのですか……?
    やはり捕まってしまったのですか?
    その……殺人事件の犯人として」
テヅカ「勿論、僕は捕まりましたよ。
    当時僕は12歳で小学6年生でした。
    だから少年院に送致されてそこで中学時代を過ごしています。
    高校にも入りませんでした」
メクラ「という事は……やはりあなたが妹さんを殺したことになってしまったのですか」
テヅカ「はい」
メクラ「それはあまりにも惨すぎる……。
    故意ではないのに……あなたの意思ではないのに……」
テヅカ「メクラさん、僕が妹を殺したことは揺るがない真実です。
    例え僕の意思でなくとも、テヅカコウイチが殺した……という
    真実は変わることは無いんですよ。
    だからこそ僕は絶対に成し遂げなければならない。
    謝罪……妹への謝罪を……。
    許してもらうつもりはありません……。
    ただ僕の土下座で少しでもあの世にいる妹の心が安らぐなら、それで良い……」

(長い間が空く)

テヅカ「……メクラさん、僕の事は気にしないで下さい。
    だいぶ動揺しているみたいですけど僕はもう刑期を終えて
    心の中も十分整理し終わっているんです。
    だから僕はもう大丈夫です」
メクラ「…………ええ、テヅカさんは乗り越えているようですね。
    乗り越えて…………」

(少し間が空く)

テヅカ「……問題は、僕よりも今僕の腕を持っているその人です。
    僕は人を殺す過ちの辛さを身を持って知っています。
    だから……同じ気持ちを味わってほしくないんです、誰にも……。
    だから……だから止めなくちゃいけないんです……」
メクラ「テヅカさん、顔を上げて下さい。
    そうですね、止めなくてはいけないですね。
    ですがテヅカさん、あなたはその人をどう止めるつもりですか?」
テヅカ「そ、それは…………」
メクラ「ふふ、焦る気持ちも分かりますがまずは計画を立てなければ始まりません。
    何事も闇雲に動くのは厳禁と言えます。
    まずは正攻法でその方を止める事にしませんか?」
テヅカ「せ、正攻法?」
メクラ「あなたが最初に持ちかけた方法です。
    その方……ええと呼びにくいので仮にXさんとしましょうか。
    Xが犯罪を犯すという証拠を何とかして手に入れるのです。
    そうすればその手に入れた証拠を使って警察を動かす事が出来るかもしれません」
テヅカ「ですがどうやってそんな証拠を……」
メクラ「どうするか?それは勿論……テヅカさんの腕で」
テヅカ「僕の……腕?」
メクラ「今、この事情をテヅカさんと私しか知らないのだとすれば、
    違和感なくXに接触できて犯行の詳細を聞きだせるのはテヅカさんだけでしょう。
    であればテヅカさんの手で、犯行の手掛かりを掴み取るしかありません」
テヅカ「成る程……僕がもう一度接触を試みるんですね」
メクラ「ええ、それが今出来る唯一の事かと」
テヅカ「ただ僕は一度必死に犯行を止めようとしています。
    接触出来たとしてもう一度話を聞いてくれるでしょうか……」
メクラ「そこはテヅカさんとXの関係を利用しましょう」
テヅカ「関係ですか……?」
メクラ「話を聞く限り、Xは殺人を行う為にあなたの腕を移植していますね。
    だとすればXから見てテヅカさんは殺人道具を提供してくれた恩人となる訳です。
    そんな恩人が自分の行動に共感してくれたとしたら……どうなるでしょうか?」
テヅカ「えっ、えっ……どうなるのでしょう……」
メクラ「勿論嬉しいはずです、そこをうまく突くんです」
テヅカ「あっ!確かにXは言っていました!
    あなたなら親の気持ちで俺の事送り出してくれるんじゃないかって!
    そうか!そこをうまく……!」
メクラ「説得力を持たせるにはまず人として信頼できる立場にならないと話しになりません。
    Xとあなたが親密になれば少しは聞く耳を持ってくれるかも……という訳です。
    うまくいけば犯行の証拠を手に入れることも夢ではありません」
テヅカ「行けそう……行けそうですね!確かに!」
メクラ「ええ、ただテヅカさんには少々危険が付き纏いますが……。
    なにせ殺人犯になるかもしれない危険人物と深く接触する訳です。
    事件へ巻き込まれる可能性も無きにしも非ずです」
テヅカ「良いです、僕はもう何も怖くありません。
    人の死を背負い込んでから僕はもう何も怖くなくなったんです。
    だから大丈夫です」
メクラ「…………」
テヅカ「メクラさん、本当に……本当にありがとうございます。
    まさかこんな真剣に話を聞いてくれるとは思いませんでした。
    しかも僕が元殺人犯だという立場である事を知っても尚、
    協力的な姿勢を見せてくれた……」
メクラ「あなたのような方を救うのが私の仕事です。
    当たり前の行動をしただけのことですよ。
    それにあなたの誠意やXを止めたいという気持ちも痛いほどよく伝わりました。
    妹さんを想う気持ちも、ね。
    だから私は全力で協力します」
テヅカ「め、メクラさん……」
メクラ「しかしまだ何も始まっていません。
    これからですよ、テヅカさん」
テヅカ「は、はい!」
メクラ「ふふふ、これは何というか、異物交換同盟……ですかね」
テヅカ「えっ?何ですか?それ?」
メクラ「テヅカさんが異物を誰かに渡しているのなら私もまた同じ境遇です。
    私もあなたに渡していますよね、目……異物を。
    だから異物を交換した者同士……異物交換同盟」
テヅカ「ははは……何だか変な響きですけど……悪くないかも知れません」
メクラ「改めて宜しくお願いしますね、テヅカさん」
テヅカ「はい!宜しくお願いします!メクラさん!」

●=====シーン5『カフェ』==========================================================

4月6日

テヅカ「あの……こ、こんにちは!」
カジマ「ぶっ!テ、テヅカさん!?」
テヅカ「横、良いですか!?」
カジマ「いや、まあ、良いですけど……」
テヅカ「失礼します!」

(少し間が空く)

カジマ「……あの、何か用ですか?」
テヅカ「あっ!カフェオレお願いします!」

(少し間が空く)

カジマ「……よく此処が分かりましたね」
テヅカ「ええ、どうしてもカジマさんとお話がしたくて!」
カジマ「そ、そうですか……それは何というか……どうも」
テヅカ「あの!カジマさん!」
カジマ「は、はい……?」
テヅカ「僕その……間違っていました!」
カジマ「ま、間違っていた?」
テヅカ「この前お話した時、僕はあなたを必死に止めようとした!
    だけどその……僕が間違っていました!
    今はあなたの事を応援したいと思っているんです!」
カジマ「俺を応援?ははは何を言っているんですかあなたは。
    前と言っている事が違いすぎる……」
テヅカ「よく考えてみたんです。
    何故あなたがそこまで人を殺す事に執着しているのかを。
    そして気付きました!カジマさんにはどうしても殺したい人が居るんだって。
    殺したい程、憎んでいる人が居るんだって……。
    だから僕がそんな立場だったらどう思うか考えたんです。
    僕もそれだけ強く憎む人が居たら殺したやりたい!……そう思いました」
カジマ「…………」
テヅカ「いや、その……真っ直ぐに応援できる行動ではありませんよ……?
    それは分かっています。
    だけど、あなたに共感できるんですよ……だから……」
カジマ「今はやめましょう、この話」
テヅカ「えっ?」
カジマ「殺してやりたい、そんな言葉大きな声でしかもカフェの中で言うべきじゃないでしょう」
テヅカ「あっ……ごめんなさい、つい興奮して大きな声に……」
カジマ「まあその……このカフェあまり人はいないから大丈夫だと思いますけど」
テヅカ「…………」
カジマ「……しかし、どうやって此処へ?
    何故俺の居場所が分かったんですか?」
テヅカ「病院を尋ねました……。
    僕が腕を切除した時にお世話になった病院。
    そこから僕の腕を移植した人物の情報を追って追って……。
    やっとの事でカジマさんの情報を掴みました」
カジマ「成る程、凄い行動力ですね……。
    ただでは教えてくれなかったんじゃないですか?
    個人情報です、易々と手に入れる事の出来るものじゃあない」
テヅカ「あなたともう一度お話しをする為です」
カジマ「俺と話す事なんてもうないでしょう」
テヅカ「いえ!ありますよ!だって普通気になりませんか?
    自分の腕を移植した人物のこと」
カジマ「ま、そうですね。
    その気持ちは良く分かります」
テヅカ「だからあの……少しお話しませんか?
    今、いや今日は仕事休みなんですよね」
カジマ「……はい、その通りですが……」

(少し間が空く)

カジマ「……テヅカさんって何だか真面目ですよね」
テヅカ「えっ!?……あ、ど、どうも……」
カジマ「俺、最初会った時思ったんです。
    何か、イメージと違うなって」
テヅカ「イメージですか……」
カジマ「ええ、もっと狡猾で凶悪な人間を想像したんですけどね。
    全然違った、真面目な好青年……そう見えましたよ」
テヅカ「…………」
カジマ「だってそうでしょう、殺人を犯す腕を持っていた人物……。
    って想像したら大体の人は想像する、ヤバい奴を」
テヅカ「ご、ごもっともです……」

(少し間が空く)

カジマ「怖いですか?」
テヅカ「何がですか?」
カジマ「俺です」
テヅカ「いえ、特に怖くありませんけど……」
カジマ「そうですか、いや……。
    普通恐怖するんじゃないかと思って。
    だって俺、あなたに殺人をするって断言してるようなものだし。
    いわば未来の殺人鬼ですし」
テヅカ「……何ででしょうね、僕は恐怖をあまり感じないんです。
    その右腕、元々僕の此処に付いていたものですし……。
    それにあなたもとても殺人を犯すようには見えない」
カジマ「は、ははは……そうですか。
    いや変な質問してすいません……」
テヅカ「カジマさんこそ僕が怖くないんですか?
    僕は正真正銘の殺人鬼ですよ」

(少し間が空く)

カジマ「最初、会う前は凄く緊張していました。
    勿論、話しかけるまでは怖かった。
    だけど……話しかけて少し経ったらその恐怖も一気に薄れました。
    多分、あなたが殺人鬼には見えなかったから、かな……。
    あなたが俺を見た時と同じ感覚ですよ」
テヅカ「…………」
カジマ「結局こんな会話になっちゃいますね。
    これしか……話題がないからかな」
テヅカ「あ、確かにそうですね……」
カジマ「テヅカさん、何か話題ありません?」
テヅカ「あー……そうですね……。
    えっと……じゃあカジマさんの好きな食べ物は何ですか?」
カジマ「やけに可愛い質問が飛んできたな……。
    好きな食べ物かぁ……うーんオムライスかな」
テヅカ「へぇ、オムライスですか。
    僕も好きですよ、僕はどちらかというとオムハヤシの方が好きですけど」
カジマ「オムハヤシ?オムライスにハヤシライスがかけられている奴かな?
    確かにあれも美味しいけど、やっぱりオーソドックスなオムライスが一番」
テヅカ「何かオムライスに思い出でも?凄く推し……ですけど」
カジマ「……妹の得意料理で。
    昔よく作ってくれたんで食べる機会が多くて印象に残っているんです。
    嫌というほど作ってくれて、これまた嫌という程食べたけどやっぱり今でも好きです」
テヅカ「成る程、妹さんの得意料理……。
    それは幸せな思い出ですね……素晴らしいです」
カジマ「え、ええ……まぁ……」
テヅカ「…………?」

(少し間が空く)

カジマ「テヅカさんはご兄弟いますか?」
テヅカ「…………妹が、います」
カジマ「そうですか、お互いに妹持ちなんですね」
テヅカ「そう、ですね……」

(少し間が空く)

カジマ「だったら共感してくれるかもしれない、妹がいるテヅカさんなら……」
テヅカ「は、はい……?共感って何の事でしょう……」
カジマ「あなたが知りたがっている俺の事情ですよ。
    俺が何故、ここまでして人を殺そうとしているのか」
テヅカ「カジマさんが……人を殺したい理由……」
カジマ「テヅカさんは許せますか?
    ……………………………………」

●=====シーン6『カフェ』==========================================================

4月7日

メクラ「こんにちは」
カジマ「おお、こんにちは!また会えて嬉しいよ」
メクラ「いえいえこちらこそ、また会えて光栄です」
カジマ「しかしこんな早く呼び出されるとは……。
    余程耳の事を聞きたいと見た」
メクラ「ははは、まさにその通りです。
    カジマさんのお話を聞きたくてウズウズしていたんですよ?」
カジマ「はははそりゃ照れるね、まあ座んなよ。
    えーとあんたは何飲む?」
メクラ「そうですね、ではホットコーヒーをお願いします」
カジマ「はいよ、じゃあホットコーヒーを2つな。
    で、今日はどんな事聞きたいんだ?」
メクラ「そうですね……あっ!
    耳の事を聞く前に一つ世間話でもしませんか?
    本題に入る前の肩慣らしのつもりで」
カジマ「ん?あぁ、構わないぜ」
メクラ「それはそれはどうもありがとうございます。
    えー、では死んだ者の立場で考えて欲しいのですが……」
カジマ「死んだ者?それはまた難しい注文だな」
メクラ「ははは、大丈夫です!全然簡単ですよ。
    死んだ者の立場だとして、自分が誰かに殺されていたとします」
カジマ「ふむふむ……」
メクラ「カジマさんはその自分を殺した犯人を許せるでしょうか?
    無論、許せる訳ないと思うので故意の殺人ではないことにします。
    例えば……そう不慮の事故とか」

(少し間が空く)

カジマ「そうだな、単純に考えれば許せないだろうな」
メクラ「ま、そうですよね。
    普通はそう考えますよね……やっぱり」
カジマ「まぁな、故意じゃなくても自分が死んだのはそいつの責任に変わりない。
    被害をこうむっている側は事故なんて関係ないだろうぜ」
メクラ「ですよね、うん……」
カジマ「それがどうかしたのか?」
メクラ「いえ。実はですね。
    事故で殺してしまった身内に会おうとする人物がいまして。
    その方は事故であなたを殺してしまって申し訳ないと
    謝罪したいらしいのですが……果たしてその行動が良い方向に運ぶかどうか……」
カジマ「……いろいろと凄い話だな。
    会おうとするって、相手は死んでいるんだろ?
    どうやって会うんだ?霊媒師にでもお願いするのか?」
メクラ「ええまぁ、そんなところです」
カジマ「ふーん……成る程ね。あんたはその人を心配している訳だ」
メクラ「その通りです、なにせ殺人をしてしまった事を強く悔いている人物ですから……。
    死んでも尚、自分を恨み続けているという現実を叩きつけられたら
    それこそその人が立ち直れなくなってしまうと思いませんか?」
カジマ「まぁな、だけどある意味自業自得だろう。
    事故を起こしたのはそいつ本人の過失。
    そいつが謝罪一つするだけで被害者が救われると思ってるのなら
    それは甘すぎると俺は思うぜ」
メクラ「確かに……それはそうですが……」
カジマ「それに、万が一霊に許されたとしても現実に残された奴からは恨まれ続けるだろうな」
メクラ「……亡くなられた方の遺族、友人……ですね」
カジマ「あぁ、どんな立場にせよそいつが完全に報われる日が来る事はないと思う。
    そいつがどれだけいい奴でも、な」
メクラ「ふむ……」

(少し間が空く)

メクラ「いやはや、いきなり暗い話をしてしまって申し訳ありません。
    前回会った時カジマさんは検事を目指しているとおっしゃっていましたから、
    こういう話題も聞いていただけるだろうと考えていまして」
カジマ「あぁ、興味深いお話どうもどうも。
    キツいこと言ったがそいつが少しでも報われる事、信じているよ」
メクラ「ええ、ありがとうございます。
    そのお気持ちがその方に届く事を私も祈ります。
    では!そろそろ本題に移りましょうか。
    今日はですね、この耳の核心について迫りたいなと考えていたんですよ」
カジマ「核心、ね……一体何を聞かれるのやら」
メクラ「ふふふ、聞きたい事はズバリ!
    何故、この耳を手放したのか……という部分です」
カジマ「耳を手放した理由……か。
    中々手痛い部分を突いてくるな、何というか」
メクラ「褒め言葉、と解釈しますね。
    しかし褒めても私からは何も出ませんよ」
カジマ「いや、出してもらうつもりさ」
メクラ「えっ?何をですか?」
メクラ「前回、俺が言ったこと憶えているか?
    あんたの話も聞かせてもらうって」
メクラ「ええ、確かに言いましたが……」
カジマ「俺の話も勿論するつもりだが……。
    同時にメクラさんの話も聞きたいと思っていたのさ。
    だってお互い平等に情報を開示するのが道理ってもんだろう?
    交換しないか?俺の話とあんたの話」
メクラ「そういうことですか。
    カジマさんが私に昔話を軽々として下さったのは
    私の事も聞き出す為……だったのですね」
カジマ「ははは、ご名答さ!」
メクラ「これは一本取られましたね……」
カジマ「俺もあんたの事いろいろ気になるからさ。
    何故、俺の耳を移植したのか……その真意やあんたの過去話是非お聞きしたいね」
メクラ「ええ、正直私も一方的にお話を聞くのは気が引けると考えておりました。
    カジマさんが情報を開示して下さるように私もまた、
    自分の情報を包み隠さずお教えしましょう……。
    しかし耳を移植した理由は前回お話しましたよ?
    未来をバッチリ見据えて裁判を有利に進めたいから!……と」
カジマ「……それ本当かな?」
メクラ「?」
カジマ「いや、ふと思ったのさ。
    あんたかなり頭良いだろ、察しも良いし、仕事もテキパキこなす人なんだろうと思う。
    そんな人間がただ裁判を有利に進めたいからっていう理由で
    危険な移植手術をするとは思えなくてな。
    だってそんな危険な賭け、あんたに似合わない……性格に合わない。
    もっと……合理的な……立派な理由があるんじゃないかと俺は考えているんだ。
    俺はその耳を有効的に使えなかった……。
    だから有効的に使えそうなあんたが、どんな理由でどう使うのか……。
    その本当の使い方を知りたいんだ」
メクラ「カジマさん、あなたは素晴らしい観察眼をお持ちだ。
    私の性格や考え方を良く捉えている。
    しかし残念ながら私はそこまで優秀な人間ではありません。
    申し訳ありませんが、あなたが納得するような答えは出ないと思いますよ」
カジマ「……あぁそれでも良い、聞かせてくれ」

(少し間が空く)

メクラ「……分かりました。
    キッカケはある裁判でした。
    たった1度の裁判……それが私に移植手術の決断をさせたのです。
    実は私、弁護士になってから1度も負けた事がありません」
カジマ「無敗?あんた凄いな……」
メクラ「あ!すいません、もっと正確に言うと完全に負けた事は無いんです」
カジマ「完全……?」
メクラ「まず負けの定義を明確にしましょうか。
    私が護るのは被告人、いわば犯罪者です。
    よく勘違いされる方がいらっしゃいますが
    弁護士は被告人を無罪にする仕事ではなく被告人の罪を軽くする仕事なのです。
    弁護士が主人公のゲームやドラマなどでは被告人が
    完全無罪のケースは多いですが現実、そんなことはほぼあり得ません。
    依頼に来られる方は大体、何かしらの非がある者ばかりです。
    ですから、私が考える負けの定義は被告人の罪を軽く出来なかった場合なのです」
カジマ「なるほど……つまりあんたは被告人の刑を
    軽く出来なかった事は一度も無いと」
メクラ「その通りです、どんな重犯罪者でも……殺人犯でも私は刑を軽くしてきました。
    傍聴席に座っていた被害者の親族、親友、彼氏、彼女……そして
    お子さんの気持ちなどは微塵も考えずにね。
    私はただ被告人の笑顔を取り戻すだけの為に弁護士席に立っていた。
    それは今も変わりません」
カジマ「ふーん……」
メクラ「そんな中、私の元へ初めての未成年依頼者がやってきました。
    今までは凶悪な犯罪者が依頼者の大半を占めていましたが
    今回の依頼者はそれとは全くの正反対だったのです。
    依頼者の目はとても澄んでいました。
    そう……とても純粋な目と性格を兼ね備えた子だったのです」
カジマ「だが、あんたの元へ来たということは少なくとも
    何かしらの容疑がかけられていたんだよな」
メクラ「その通りです、その依頼者は殺人の容疑をかけられていました。
    しかし彼はそれを全否定した。
    自分は何もやっていない、全て誤解だと、彼は私に熱く説明しました。
    その時の彼の必死さは今でも脳裏に焼き付いています」
カジマ「んー、でも依頼者なんてそんなものじゃないのか?
    弁護士に対して俺は殺人をした!俺は凶悪犯罪者だ!なんてわざわざ言わないだろう。
メクラ「実はそうでもないのです。
    私の元に来た依頼者は皆、既に決定的な証拠品を検察側に掴まれている者ばかりでした。
    これは完全な無実を勝ち取る事は無理という現実を示していました。
    依頼者はそれを全て理解した上で私の元へ来ていたのです。
    つまり端から無実を勝ち取る事を放棄しているという訳ですね」
カジマ「成程ね、あんたの依頼者はとにかく刑を軽くする事だけを望んでいた訳だ」
メクラ「ええ、罪を犯した事を最初から認めている被告人は自身の罪をおおっぴらに暴露します。
    勿論弁護士である私にだけ。
    理由は簡単です、俺は無実だ!と下手な嘘をついても
    弁護士を混乱させるだけだと自身が理解しているからです。
    弁護士が混乱すれば冷静な判断力、捜査力を失ってしまう。
    そうなると刑を軽くすることすら危うくなる。
    だから弁護士を動きやすくする為に真実を話す。
    被告人目線で考えてみれば当たり前の事なのです。
    そしてそれは私もよく分かっていました。
    ですから私からも最初にこう聞きます。
    あなたの依頼は無実を勝ち取ることですか?罪を軽くすることですか?と。
    そして私がそう言うとどの依頼者も口を揃えてこう言いました。
    どんな手を使ってでも罪を軽くしろ、とね」
カジマ「チッ、こう言っちゃなんだが嫌な連中だぜ」
メクラ「はい、依頼者もそして私も最低です。
    ですから今回の依頼者もそう言うと思っていました。
    罪を軽くしろ!何としてもだ!と……。
    しかし彼はこう言いました。
    無実だ!僕は何もやっていない!とね。
    それが今までの依頼者と違う点でした」
カジマ「罪を軽くすることが目的ではなく無実を勝ち取ることが目的だった訳か」
メクラ「ええ、しかし私はいつも通りの感覚を貫いてしまったのです。
    どうせ彼の言葉は嘘だろう、だから罪を軽くする方針に徹しようと考えてしまった。
カジマ「何故だ?その依頼者は今までの依頼者とは一味違ったんだろ?」
メクラ「違いました、しかし今までの経験が私の感覚を阻害したのです。
    私が今まで弁護してきたのは最低な凶悪犯罪者ばかりでした。
    だから今回の依頼者も結局今までの被告人と変わらない、
    結局善人という皮を被っているだけの悪人だと。
    本当は殺人を犯しているのだろうと自分の中で決めつけてしまった。
    それが私の最大の過ちでした」
カジマ「まあ……仮に信用できそうな人間でも一度は捕まった身だ。
    捕まったからには疑う余地があったということ。
    俺も同じ立場だったら少なからず疑っているかもな……。
    あんたの考えは少なからず間違っちゃいないと思う」
メクラ「私を庇ってくれるのですか?お心遣い感謝しますが……。
    しかし依頼者を最後まで信じることのできる弁護士が世の中に沢山いるのもまた事実です。
    それに比べれば私は最低な弁護士ですよ」
カジマ「…………」
メクラ「まあその場で私の本心を曝け出す訳ないので、笑顔で依頼を引き受けました。
    その後も無実を勝ち取る事を念頭に置いて捜査しましたよ。
    無論、そんなことできる訳ないと内心自分を嘲笑っていましたけどね。
    当時の私は無実という夢のまた夢を追う自分が馬鹿らしかったのです」
カジマ「……その裁判どうなったんだ……?」
メクラ「勿論勝ちましたよ、被告人の罪を軽くすることでね」
カジマ「無実には出来なかった訳か」
メクラ「ええ……その裁判、被告人に不利な証拠が多すぎました。
    正直私の腕では罪を軽くすることで精一杯だった程。
    それほど、圧倒的な裁判だったのです。
    しかし圧倒的な裁判になってしまったのは私の調査不足も原因でした。
    私は刑を軽くできるであろう証拠を手にする程度で満足してしまった」
カジマ「あんたもそんな怠慢、やっちまうんだな」
メクラ「ええ……自分でも後になって驚きました。
    私は負けなしでしたが此処へ来るまでに多くの裁判を経験しています。
    故に刑を最低限少なくできる程の塩梅もある程度把握していました。
    だからこそ全力の捜査をしなかった。
    何より、最初から有罪判決を受ける気満々の被告人相手では私のやる気も下がる一方でした」
カジマ「慣れ故の甘さ、中だるみか。
    さぞかし悔しかっただろうな」
メクラ「ええ、今でもあの裁判をふと思い出しては悔しさに苛まれます。
    あの時、心から依頼人を信じることが出来ていれば捜査であんなヘマしなかったでしょう。
    裁判だってもしかしたら無罪にできたかもしれない。
    その後悔が消えることはありません」
カジマ「成る程、あんたが裁判で過ちを犯してしまったのは痛いほどよく分かったよ。
    気の毒だとも思う。
    だけど肝心な事がまだ分からないな。
    それはあんたが俺の耳を移植した理由さ。
    その裁判を通じて一体何故耳の移植に行き着いたんだ?」
メクラ「それはですね」
カジマ「それは……?」
メクラ「心の底から後悔したからです。
    彼を無実にできなかったことを」
カジマ「……例の被告人か」
メクラ「そうです、年月が過ぎてしまった今、真実を知る術は無いでしょう。
    しかし私が見た彼の最後の表情を思い浮かべる度に思うのです。
    本当に彼は、犯罪者だったのか……とね」
カジマ「…………」
メクラ「すいません、何とも腑に落ちない表情をしていますが
    私のキッカケ、本当にこれだけなんです。
    何というか地味で無味ですがこれが全てです」
カジマ「……いや話してくれてありがとう。
    あんたにとっては苦い思い出だ。
    それを無味だとは思わないさ」
メクラ「……お心遣い感謝します」
カジマ「なぁ……これ以上突っ込んでも良いのか分からないんだが……。
    その被告人、どうなったんだ……?」
メクラ「被告人ですか?」
カジマ「あぁ、減刑出来たなら少なくとも死刑は無いはずだ。
    もしその裁判がだいぶ前の出来事であるなら、既に出所しているんじゃないかと思って」
メクラ「…………申し訳ありません、その後の事はあまり知らないんです。
    ですが裁判の後、被害者側の遺族に会いに行ったと聞いた憶えがあります。
    謝罪をする為と風の噂で聞きました」
カジマ「…………そうか」
メクラ「はい」
カジマ「結構そういう奴、いるのか?」
メクラ「被害者遺族に会いに行く方ですか?
    結構居るみたいですよ、やはり自責の念を感じる方は多いのではないでしょうか」
カジマ「……迷惑な話だよな」
メクラ「えっ?」
カジマ「そんなの自己満足でしかないじゃないか。
    悪い事して謝って、それで許してもらえると思っているのが
    もう人を舐めている証拠だと思うんだよ、俺は。
    簡単な平謝りで許せる訳ないだろう、謝罪なんて誰にも出来るんだから……」
メクラ「確かに全くの正論です。
    しかし加害者が被害者遺族側に謝罪をする事は
    至極当たり前の事だと私は思います。
    いや、やらなければいけない事です」
カジマ「謝る事はやらなければいけない事、か。
    確かに悪い事をしたら謝る、というのは常識中の常識さ。
    だけどそれは相手の気持ちを何も考えていない浅はかな行動だよ。
    被害者側は加害者の顔なんてもう二度と見たくないだろうぜ。
    安易に顔を出す事がどれだけ相手を傷つける事か考えた方が良いと思う、加害者側はな」
メクラ「……私は被害者側に回った事はありません。
    だからこそ客観的な意見しか出せません。
    いや昔からそうでした、あまり他人の立場で物事を考えられないんです。
    カジマさんはその点がずば抜けているのですね。
    とても説得力のある意見でした」
カジマ「…………あ、いやすまない……声を荒げて……」
メクラ「いえ、とても良い意見だったと思いますよ。
    私は納得してしまいました」

(少し間が空く)

メクラ「そういえばカジマさん」
カジマ「…………何だ?」
メクラ「話は変わってしまうのですが先日、私にこう言いましたね。
    邪魔だけは絶対にしないでくれよ、と」
カジマ「あぁ……あの時の」
メクラ「あの時何を伝えたかったのか、私ずっと考えていたんですよ」
カジマ「特に意味は無い一言さ、忘れてくれ」
メクラ「特に意味の無い一言であれば忘れていたでしょうね。
    そもそもこの一言、本当に意味が無ければカジマさんが憶えている訳ありません。
    カジマさんが憶えているという事は……やはり意味のある一言かと思います」
カジマ「メクラさん、俺の記憶力はまだ衰えちゃいないよ。
    数日前の会話内容くらい憶えている」
メクラ「造作も無い会話も、でしょうか。
    瞬間記憶能力でも持ち合わせていれば別ですが、
    人間そこまで万能ではありません」
カジマ「ははは、じゃあその瞬間記憶何とかって奴を持っていた事にしておいてくれ」
メクラ「カジマさん、何か企んでいるのですか?
    あなたは私の耳の事、一番に詳しいはずです。
    見られては困る何かを今後起こす気があるのでは?」
カジマ「…………」
メクラ「最初、カジマさんが私を呼んでくれましたね。
    理由は移植の件を聴きたかったからとおっしゃっていました」
カジマ「それに何か問題があるか?」
メクラ「いえ、単に別の目的があったから私を呼んだのではないかと考えたのです。
    最後の最後、カジマさんは私に邪魔だけはするなと言いました。
    これは私に対する釘打ち、いわば警告なのではと思いました」
カジマ「…………」
メクラ「カジマさん、あなたは私が弁護士である事を知った時、
    そして邪魔をするなと言った時、一瞬目つきが変わりました。
    あの目は真剣に物事を見据える時の目でした」

(少し間が空く)

カジマ「ぷっ…………」
メクラ「?」
カジマ「あはははははは!あんたやっぱり凄いよ!
    そこまで物事を真剣に考えられるなんて本当、凄いと思うぜ」
メクラ「…………」
カジマ「確かにあれはあんたに対する警告さ!
    だってほら!仕事をさぼったり、ギャンブルでイカサマしたりする事を
    いちいち指摘されるなんて懲り懲りだろ?
    俺結構、不真面目な性格だからさ!それだけが心配だったんだ!」
メクラ「……成程、確かにそれは大きなお節介になってしまいますね」
カジマ「だろ?その耳の事は俺の方が良く知っている。
    聞こえてくるのは当たり障りの無いどうでもいい未来ばかりさ。
    だけど聞こえてくるのは確かに未来に起こり得る出来事。
    些細な事で俺の未来を妨害されたくなかったんだよ。
    俺はその耳と完全に関係を絶った。
    あんただって一度別れた女に永遠と付きまとわれるのは勘弁だろう?
    それと同じだよ」
メクラ「ええ、確かにその通りですね。
    いやはや職業病なんでしょうね、疑う事。
    考えすぎてしまいました」
カジマ「ははは!かもな!あ、気付けばこんな時間か」
メクラ「そうですね、今日はお開きにしましょうか」
カジマ「あぁ、じゃあお疲れさん」
メクラ「はい、お疲れ様です」

(少し間が空く)

カジマ「メクラさん」
メクラ「……何でしょうか?」
カジマ「しばらくの間、会うのやめないか?」
メクラ「…………?」
カジマ「最近俺、仕事が忙しくなってきてな。
    そっちに本腰入れなきゃならないんだ」
メクラ「……分かりました。
    お仕事が忙しいのであればしょうがないですね。
    体調に気を付けて頑張って下さい」
カジマ「あぁ……ありがとう、じゃあまたいつか」
メクラ「ええ、いつか」

(少し間が空く)

メクラ「またいつか……ですか。
    この言葉、いや……深読みはやめましょうか……」

●=====シーン7『喫茶店』==========================================================

4月8日

メクラ「テヅカさん、こんにちは」
テヅカ「…………」
メクラ「テヅカさん?」
テヅカ「わっ!あっ!すいません、気が付きませんでした……」
メクラ「ははは、何か考え事ですか?
    すごく真剣な顔つきでしたから概ね予想はつきますが」
テヅカ「………………」
メクラ「どうでした?例のXに接触は出来ましたか?」
テヅカ「…………はい」
メクラ「おお!そうですか!どうでしたか?うまくいきましたか?」
テヅカ「…………」
メクラ「テヅカさん?」
テヅカ「あの、メクラさん」
メクラ「はい?」
テヅカ「本当に……本当に申し訳ないんですけど……。
    今回の件、全て綺麗さっぱり忘れてくれませんか……」
メクラ「えっ?どういう事ですか?」
テヅカ「すいません、本当に……」
メクラ「い、いやいや!何かあったのですか?
    まさかXに脅迫でも……されましたか?」
テヅカ「いえ違うんです、その……違うんです」
メクラ「ははは、状況がまたもや飲み込めません。
    一体どのような心変わりをされたのですか?」
テヅカ「僕は……いや、誰にもXの行動を止める権利は無いと……分かったんです。
    だからこの件は無かった事に……」
メクラ「テヅカさん……殺人は決して犯してはいけない、
    止めなくてはいけないとあなたが一番に熱弁していたじゃないですか。
    私もそれに深く同意できました。
    あなたの考えに1ミリのズレもありません、それは私が保証します。
    だからもっと自信を持って下さい」
テヅカ「…………ごめんなさい、僕が言い出した事なのに……。
    でも本当にもう良いんです、忘れて下さい」
メクラ「テヅカさん!待って下さい!
    止める権利が無い、そう主張するという事はつまり
    Xに共感してしまったと解釈して宜しいのですか?」
テヅカ「……はいそうです、僕はXから殺人を行う理由を聞きました。
    それを聞いて、僕は納得してしまいました……それだけです」
メクラ「……いや嘘ですね」
テヅカ「嘘じゃ……ありませんよ……」
メクラ「…………」
テヅカ「メクラさん、僕に言ってくれましたよね。
    他人が他人の選択に難癖をつけるのは間違っていると」
メクラ「そ、それは……」
テヅカ「僕にも分かったんです。
    人の行動を自分だけの考えで縛るのは間違っていると。
    だから僕は……Xの邪魔をするのをやめます」
メクラ「今回の件、邪魔をするというよりかは正しい道に導いてあげる
    と言う方が正しいのではないでしょうか?
    確かに他人の行動を縛る権利は他人にはありません。
    しかし今回、Xの独りよがりで多数の人々が不幸になるかもしれないのですよ?
    それは逆に他人の選択を縛っているという事にはなりませんか?」
テヅカ「それは逆に不幸になるべき人間であれば問題ないという事です」
メクラ「……それはどういう事ですか」
テヅカ「…………償いを受けるべき人間が殺されて何が悪いと思いますか」
メクラ「この世に殺されていい人間なんていませんよ。
    それは、テヅカさんが何より知っている事でしょう?
    大事な人の死を間直に見たあなたなら分かるはずです」
テヅカ「逆ですよ、死を間直に見た僕だからこそ、
    殺されていい人間がいるという事が分かるんです」
メクラ「テ、テヅカさん……」
テヅカ「ごめんなさい……もう忘れて下さい……」
メクラ「あっ……!」

(少し間が空く)

メクラ「行ってしまった……一体何が……」

●=====シーン8『喫茶店』==========================================================

4月15日

メクラ「テヅカさん、こんにちは。
    そしてお久しぶりですね、1週間ぶりでしょうか」
テヅカ「っ!メクラさん!どうしてここに!?」
メクラ「申し訳ありません、勝手ですがテヅカさんの事を少しお調べ致しました。
    あなたは毎朝6時、この喫茶店を訪れてカフェオレを飲んでいるそうですね。
    ふふ、その手に持った花束はどなたかにプレゼントするのですか?」
テヅカ「…………」
メクラ「安心して下さい、Xの件はさっぱり忘れてきました。
    今日は別件で会いに来たのです」
テヅカ「別件ですか……?」
メクラ「はい、テヅカさんの過去を聞きに参りました」
テヅカ「……過去の事は前に話しました、あれが全てです」
メクラ「果たしてそうでしょうか?これを見ても全てと言えますか?」

(少し間が空く)

テヅカ「こ、これは……!何でメクラさんが……!?」
メクラ「実は私、ここ1週間裁判所に籠りっきりだったのです。
    そこであなたの裁判記録をずっと探していました。
    そしてこれを見つけた」
テヅカ「…………」
メクラ「テヅカさん、あなたは殺人を2回行っていますね」

(少し間が空く)

テヅカ「…………この記録を出されたら、もう言い訳できないですね……。
    はい、メクラさんの言う通りです……」
メクラ「テヅカさん、私はこの裁判、そして殺人について言及するつもりはありません。
    私の目的はただ1つ、あなたを守る事です」
テヅカ「ま、守るって……どういう事ですか」
メクラ「あの後、随分頭を悩ましました。
    何故あなたがあんな簡単に心変わりしてしまったのか。
    それをずっと考えていました。
    そしてある答えに行き着いたのです」
テヅカ「答え……」
メクラ「テヅカさん、あなたは優しい人間だ。
    だから他人を陥れる事は出来ないでしょう。
    そして他人が殺されても良いなんて事、考える訳が無い。
    そう考えるとあの時のあなたの発言の意味が180度変わってくるんです」
テヅカ「発言……?」
メクラ「あなたは殺されていい人間がいる、とハッキリ言っていました。
    しかし優しいあなたは当然他人が殺されて良いとは思わない筈。
    ではあの発言は一体どういう意味なのでしょうか?矛盾していますね」

(少し間が空く)

メクラ「こう考える事が出来ます。
    殺されて良い人間は自分なのだと。
    簡単な結論です、他人でなければ自分しかいません」
テヅカ「そ、それは……!」
メクラ「どうでしょう?反応を見るに図星でしょうか?」
テヅカ「い、1度目の殺人は故意ではないとメクラさんに言いました、これは確かです。
    で、でも2度目の殺人は……僕が自ら行った事です。
    そんな僕を優しいと決めつける事自体が間違いです」
メクラ「確かに2件目の事件もあなたの有罪で終わっています。
    しかし他人をあそこまで心配できる人間が故意に殺人を出来るとは思えません。
    あなたなら目の前に凶悪で憎むべき相手が居たとしても殺人何て出来ないでしょう。
    つまり、今の発言は真っ赤な嘘です」
テヅカ「何でそんなこと言えるんですか?
    メクラさんと僕はたった数日の間会話を交わした仲に過ぎませんよ?
    僕がどんな人間かなんて分からないでしょう!?」
メクラ「ええ、私があなたの心中を全て理解できる訳ありません。
    他人の事なんて誰にも分かりやしませんから。
    でも私はあなたを信じます、だから断言できるんです」
テヅカ「僕を信じる?何故そんなことが出来るんですか!?
    僕は2人も殺しているんですよ、殺人鬼なんですよ!?」
メクラ「私は……人を信じなければいけない人間だからです」
テヅカ「ひ、人を信じなければいけない人間……?」
メクラ「それにあなたは信じられる人間です」
テヅカ「何であなたはそこまで僕に味方してくれるんですか……」
メクラ「それはあなたが似ているからです」
テヅカ「似ている……?誰にですか……?」

(少し間が空く)

メクラ「私は弁護士として1度も負けた事はありません。
    しかし、1度だけ判決に後悔した裁判があります。
    その時の被告人とあなたはとても似ているのです」
テヅカ「それは……一体どんな方なのですか……」
メクラ「あなたも知っている方ですよ。
    ザイゼン君、憶えていますか?」
テヅカ「まさか……!まさかあのザイゼン君ですか!?」
メクラ「そうです、今回あなたの裁判記録を調べていて分かった事がありました。
    私が後悔した裁判はテヅカさんの殺人と大きく関わっていたのです」
テヅカ「そんな……ザイゼン君の裁判をメクラさんが……」
メクラ「約4年前でしょうか、あなたがまだ12歳小学校6年生だった時の出来事ですね。
    夜の20時、あなたは友達であるトキタ君、そしてザイゼン君と塾の帰り道を歩いていました。
    そこで事件は起きた……」
テヅカ「今でも……鮮明に憶えていますよ……。
    あの日は妙に肌寒く強い風が吹いていました」
メクラ「11月でしたね、あの頃は丁度台風が訪れていた気がします」
テヅカ「僕とザイゼン君は電車が真下を駆ける歩道橋で1人の女の子を絞殺した。
    トキタ君はただ遠くで唖然としていました。
    その後、たまたま近くを歩いていた人がすぐさま通報。
    僕たちは警察に連行された」
メクラ「裁判記録には確かにそう書かれていますね。
    その後、女の子の死体を電車が走る線路に落とした。
    死体は電車に撥ねられて大きく前方に吹き飛んだ。
    警察が見つけた時には衝突した衝撃で四肢がバラバラになった後だった」
テヅカ「…………」
メクラ「あなたとザイゼン君は無罪を主張した。
    自殺しようとした女の子を必死に引き止める為に体を掴んだ。
    しかしあなた方2人は女の子を支え切れなかった。
    だから死体は線路に落ちてしまった、と」
テヅカ「そうです、しかし見つかった死体の首には絞殺の跡があった。
    そして僕とザイゼン君の指の爪には女の子の皮膚が残っていた。
    爪に残っていた皮膚は女の子の首の傷と一致してしまった」
メクラ「その事からあなた方が女の子の首に手を掛けたのは紛れも無い事実となってしまった。
    勿論判決は有罪、あなたは少年院に送致され、ザイゼン君は卒業目前で学校を辞めた。
    現場に居合わせただけのトキタ君の罪はあなた方2人より軽かったですが、
    犯行現場を見ていながら何もしなかったとして厳重注意を受けた。
    以前、妹さんを手に掛けた時に少年院に送致されたとおっしゃっていましたね。
    しかしあれは嘘、本当はこの2件目の絞殺事件がキッカケだった」
テヅカ「嘘をついて申し訳ありません……。
    妹を手に掛けてしまった事件は身内の犯行、そして
    僕がまだ12歳という若さだった事もあり刑は驚く程軽くなったのです」
メクラ「しかし同じ年に立て続けに殺人事件。
    未成年に優しいこの国の法律もこれは流石に見逃してはくれなかった」
テヅカ「はい……」

(少し間が空く)

メクラ「ザイゼン君はとても澄んだ目をしていました。
    彼は私に必死に訴えていた。
    僕は彼女を助けようとしただけ、殺しなどしていない……と。
    その時の姿が、以前のあなたにそっくりだった……」
テヅカ「その時の姿って……もしかして、僕があなたに殺人の件を話した時ですか……?」
メクラ「ええ、あなたが妹さんの事件を語っていた時の姿はザイゼン君と被りました。
    決して故意ではない、違うんだ……。
    そう言っていたあなたの雰囲気は同じでした、ザイゼン君と」

(少し間が空く)

テヅカ「…………ザイゼン君はとても優しい友達でした。
    妹の殺人を犯した後、僕は奇跡的に小学校生活を継続できたのですが
    やはりクラスでは浮いた存在になってしまった。
    当然ですよね、殺人鬼が教室に平然と居座っているんです。
    僕は軽蔑の目の中で授業を受ける日々を続けました。
    だけどそんな僕にザイゼン君は変わらぬ笑顔で接してくれたんです。
    お前はそんな事をする奴じゃない、僕が保証すると言ってくれた時は涙が止まりませんでした」
メクラ「とても良いお友達だったのですね」
テヅカ「はい……最後まで僕を信じてくれました。
    だけど僕のせいであんな目に……本当に悔やんでも悔やみきれません」
メクラ「……ザイゼン君の真に優しい部分は少ししか会話をしていない私でもすぐに分かりました。
    だからこそ彼を完全に無罪に出来なかった自分が今でも憎いです、後悔しています。
    これはせめてもの報いなんです、ザイゼン君を守れなかった今、
    私はあなたを助けたい、だから信じます。
    ザイゼン君を信じてあげなかった分、あなたを信じてあげたい、これが私の全てです」
テヅカ「メ、メクラさん……」
メクラ「さて……話は戻りますが先程私はこう推理しました。
    殺されていい人間は自分の事だったと。
    これがもし当たっていたとすればXの標的はあなたという事になる」
テヅカ「…………何故、そう言えるのですか……」
メクラ「他の人間が殺人の対象になっていたらあなたは全力でXを止めていたと思ったからです」
テヅカ「何で、何でメクラさんはそんなに僕の事が分かるんですか……」
メクラ「ははは、人の真意を見破るのも私の仕事です。
    さらに言うと、Xの正体も私は分かっていますよ」
テヅカ「えっ!?」
メクラ「テヅカさんを殺そうとする人間は限られています。
    それはテヅカさんに強い憎悪を抱いている人間です。
    怪しいのはやはり2件の殺人事件に関わる人物ですかね。
    被害者であればあなたに憎悪を抱いていてもおかしくはない」
テヅカ「そ、そこまで……」
メクラ「しかし2件中1件の妹さんの殺害はいわばローカルな犯行です。
    妹さんが亡くなられてあなたを恨む人間はいるかもしれません。
    しかし殺そうとするまで憎悪を抱く人はそう居ないでしょう。
    何故ならあなたもまた、身内なのですから……他人ではありません。
    殺そうとまでは思わないでしょう」
テヅカ「…………」
メクラ「何よりXはテヅカさんと最近初めて顔を合わせる人間なのです。
    そう考えると1件目の事件が関与しているとは考えにくい」
テヅカ「…………す、凄い……」
メクラ「では関与しているのはやはり2件目の殺人。
    憎悪を抱くとなれば遺族の方、ですね。
    そう、私はXが絞殺された女の子の身内と考えます」
テヅカ「……そこまで推理しているという事はもう、分かっているんですね……」
メクラ「ええ、裁判記録にはあなた方以外の情報も勿論載っています。
    被害者、そして遺族の方の情報も……。
    あなたは知らないかもしれませんが1人の男がある事情で裁判の傍聴を出来ずにいました。
    その男は絞殺された女の子の兄に当たる方でした。
    彼は凶器を持ち込んでいたのですが裁判が始まる前に取り押さえられた」
テヅカ「……知っています……。
    包丁を隠し持って傍聴席に入ろうとしたが直前で警備員に見つかった。
    だから傍聴は出来なかった……全て紛れも無く真実です。
    だってX……本人から聞きましたから……」
メクラ「ではやはり……」
テヅカ「はいその通りです……Xは被害者の兄、カジマユウタロウさんです」
メクラ「恐らくあなたは2度目の接触時に事情を聞いてしまったのですね」
テヅカ「それもその通りです、9日前……4月6日の事でしょうか。
    あの時僕達はこのような会話をしたんです……」

●=====シーン9『カフェ(シーン5の後)』==========================================================

4月6日

テヅカ「カジマさんが……人を殺したい理由……」
カジマ「テヅカさんは許せますか?自分の妹を殺した人間を」
テヅカ「い、妹さん……ですか。
    まさかカジマさんは妹さんを誰かに……?」
カジマ「ええ、殺されました。
    犯人は妹の首を絞めて殺害した後、
    あろうことか電車の線路にその死体を落としたんです。
    死体は電車に撥ねられてバラバラになっていたと聞きました」
テヅカ「まさか……」
カジマ「どうしましたか?テヅカさん、顔色が悪いですけど……」
テヅカ「え!?あ……いや、何でもありません……大丈夫です」

(少し間が空く)

カジマ「俺はどうしても許せないんです、妹を無惨に殺した犯人を。
    犯人は無事捕まり、そして法の裁きを受けました。
    ですがそれが何だっていうんですか?
    法の裁き?ただ数年牢屋にぶち込むだけじゃないですか。
    それだけで罪を償ったとほざくんですよ?奴らは……」
テヅカ「…………」
カジマ「俺は納得できない……妹と同じ目に遭わせてやりたい……。
    そう考えた訳です、テヅカさん……俺の気持ち、分かってくれますか?」

(長い間が空く)

テヅカ「心中お察し致します。
    僕もその通りだと思います。
    そんな犯罪者死ぬべきですよね……死ぬべきです……」
カジマ「そう、だから……だからあなたの腕の力を借りた。
    俺1人じゃ踏ん切りがつかなかったんです」
テヅカ「…………」
カジマ「だけどこんな弱虫の俺でも1度覚悟を決めた時があったんですよ。
    犯人の裁判当日、俺は傍聴席から奴を殺そうとしたんです。
    でも直前で警備員に見つかって出来なかった。
    犯人は未成年と聞きました、だから名は伏せられていました。
    だからチャンスはあの時だけだった……なのに俺は……」
テヅカ「あの……」
カジマ「はい?」
テヅカ「カジマさんは僕の事……いや僕に普通に接してくれますよね。
    その……何故ですか?僕はあなたが憎むべき殺人鬼……ですよ……」

(少し間が空く)

カジマ「そう、なんでしょうね……本来は憎むべき存在なんですよね。
    だけど何だかあなたに対して憎しみや憎悪は湧きません。
    理由は分からないけど、でも何だか湧かないんです、嫌な気持ちが……。
    あ……俺がさっき言った事、犯罪者を許せないって事ですけど。
    別にテヅカさんに言った訳じゃ無いですから……。
    そこ勘違いなさらないで下さい」
テヅカ「良いんです、カジマさんこそ気にしないで下さい。
    僕も殺人なんて犯す人間、死ぬべきだと思っていますから。
    僕が言うのもなんですけどね」

(少し間が空く)

カジマ「俺も犯罪者の全員が全員、極悪人だとは思っていません。
    中には本当に反省して真っ当な人間になった奴もいるでしょうね。
    俺はあなたがそんな人間に見える。
    その……雰囲気とかいろいろ見て、そう思いました。
    だってあなたから殺人鬼の匂いはしないから……」
テヅカ「……カジマさん、あなたの計画が成功する事、心より祈ってますから。
    絶対に……絶対に成功させて下さい」
カジマ「……………………」

●=====シーン10『郊外の廃墟』==========================================================

4月16日

カジマ「どうも、お待たせしました」
テヅカ「いえ、僕も今来た所です……」

(少し間が空く)

テヅカ「……用って何でしょうか……」
カジマ「ははは……大事な用ですよ。
    少なくとも俺の人生で一番大事な用にはなるでしょうね」
テヅカ「…………」
カジマ「テヅカさん、まさかあなたが俺の次の殺害対象になるとは思いもしませんでした」
テヅカ「僕は……覚悟しています」
カジマ「へぇ……って事はテヅカさんは気付いていたんですか?
    俺があなた達が殺した女の子の兄であるって」
テヅカ「はい……以前、妹さんの事を聞いた時に気が付きました。
    カジマという苗字が亡くなった女の子と一致した事、
    そして聞いた犯行内容が一致していた事で……」
カジマ「そうですか……」

(少し間が空く)

カジマ「聞かせてくれ、何であんたは目の前の死を受け入れるんだ?
    何で俺に素直に殺されようとする?怖くないのか?」
テヅカ「それは僕の死でしか償えないと分かっているからです……。
    僕の犯した罪はもう取り返しがつきません。
    であればあなたが救われる道を歩いてほしい、そう思ったんです。
    怖くありません、あなたに殺されるなら本望です」
カジマ「……そうか、そうですか……。
    道徳的な回答どうもありがとう」
テヅカ「…………」
カジマ「なぁ俺はあんたの考えが理解できない。
    そこまで素直になれるあんたの神経も理解できない。
    何であんたみたいな好青年が人を殺す?
    傍から見たら意味が分からないよな?
    あんたみたいな……でもあんたは犯罪者で……。
    それは分かっているんだ……だけど、訳が分かんねぇ……」
テヅカ「カジマさん、僕はこの世に居る悪人と何ら変わりありませんよ……」
カジマ「違う、そういう事じゃない。
    俺はずっとイメージしてた、見た目も心もドス黒い最悪の犯罪者を……。
    だけど思い描いていた殺してやりたい犯罪者像とあんたはまるで一致しない。
    それが何だか凄くもやもやするんだ……。
    俺はあんたを殺して良いべきなのか……それが分からない、分からないんだ!」
テヅカ「…………」
カジマ「なぁ……俺の妹を殺した理由を……聞かせてくれ」
テヅカ「殺した理由……ですか?」
カジマ「あぁそれくらい聞かせてくれてもいいだろう?」
テヅカ「…………」
カジマ「答えてくれ」

(少し間が空く)

テヅカ「あの日、僕はふとあなたの妹さんを見つけました。
    妹さんは歩道橋の端で下を走る電車を黄昏ながら見つめていたんです。
    その時は特に何もありませんでした……僕も気にしていませんでした。
    だけどふと強い風が吹いたその瞬間、妹さんはふわっと浮いたんです。
    浮いたその姿は直後に落下し始めました、それで……」
カジマ「それで……?」
テヅカ「僕の体は何かに吸い込まれるように妹さんに向かっていきました。
    そしてその瞬間、僕の腕が妹さんを掴んだんです」
カジマ「……答えになっていない」
テヅカ「え……」
カジマ「俺が聞いているのは何故妹を殺したか、だ。
    あんたの言い訳を聞く気はない」
テヅカ「僕は……僕は殺す気なんて無かった……」
カジマ「いや、あんたは殺す気だったはずだ。
    ドス黒い殺意を妹に向けていたはずだ。
    そうだろう?あんたは妹を殺す時笑っていた。
    嫌みな笑みを浮かべて妹の苦しむ姿を見ていたんだ、そうだろ?」
テヅカ「僕は……僕は……」
カジマ「正直に言え、言ってくれ。
    お前は……お前は妹を全力で殺そうとした!そうだろ!」
テヅカ「ぐっ……!」
カジマ「真実を話さないとこの包丁がお前の喉元を引き裂くぞ」

(少し間が空く)

テヅカ「ごめんなさい……僕の力が……僕に力があれば助ける事が出来たんです……。
    でもそれが出来なかった……僕の……責任です……」
カジマ「……そうか、どうしても真実を言わないって訳か。
    やっぱりあんたは醜くて最悪な犯罪者だったんだな。
    そういう奴は死んで当たり前だよな」
テヅカ「かはっ……」
メクラ「カジマさん、待って下さい!」
カジマ「何っ!?あんた……!メクラさん!何でここに……!」
テヅカ「メ、メクラさん……」
メクラ「申し訳ありません、テヅカさん。
    あなたを邪魔するつもりは無かったんです。
    ですがふと聞こえてしまったのです。
    あなたが苦しみ死に絶える声が……」
テヅカ「どういう……事ですか……ゴホッ……」
カジマ「まさか聞こえたのか……今日の俺らの会話、やり取りを」
メクラ「ええ、ハッキリと聞こえてしまいました。
    そして声に交じって海の音も聞こえてきましたね。
    もしかしてと思い、近くの海辺に来てみると怪しげな廃墟。
    入ってみるとあなた方が居たという訳です」
テヅカ「……約束したじゃないですか……絶対に邪魔をしないって……!」
メクラ「申し訳ありません、ですがどうしても放っておくなんて出来なかった……」
カジマ「あんた等、知り合いだったのか」
メクラ「はい、テヅカさんは私の……依頼人です」
カジマ「成程、あんたか……昔こいつを弁護した奴は」
メクラ「いえ、テヅカさんの弁護はしていませんよ。
    最もザイゼン君の弁護は行いましたけどね」
カジマ「ザイゼン?あぁ……もう1人の殺人鬼か。
    まさかそんな繋がりがあったとはな」
メクラ「ええ、それに以前お話しした私が後悔した裁判の被告人がザイゼン君なのです」
カジマ「そうかい、今の言葉を聞いて心底あんたを軽蔑するよ。
    何であんな殺人鬼を無罪に出来なかった事を後悔したのかってな」
メクラ「…………」
カジマ「で、あんたはどうする気なんだ。
    邪魔するようならこの右手があんたも殺すだろうよ。
    こいつはな、人を殺す曰くつきのブツなんだ」
メクラ「右手……テヅカさんの腕ですね」
カジマ「……そこまで知っていたのか。
    あぁそうだよ……人殺しの腕だ」
テヅカ「メクラさんは関係ありません……!
    あの人はただの良心で此処に来ただけで殺すなら僕だけで……!」
メクラ「そうもいきません、あなたを殺させる訳にはいかない」
カジマ「あんた……こいつは凶悪殺人鬼なんだぞ!?
    弁護士のあんたがこいつの味方をするってのか!?」
メクラ「むしろ弁護士だから味方するのです。
    弁護士はテヅカさんのような人に味方できる唯一の職業ですから」
テヅカ「味方……」
メクラ「私……この事件の事、再度調べてみました。
    今回はテヅカさんを最後まで信じて、最後まで本気で。
    そうして分かった事もあります」
カジマ「分かった事だと……?」
メクラ「分かった……と言ってももはや憶測に過ぎませんが……。
    まず事件が起きた時の状況をもう一度整理してみましょう。
    だからまずその包丁を下げて下さい。
カジマ「…………いや駄目だ、あんたの話は聞く。
    だがこの包丁は下ろさない」
メクラ「分かりました、それでも構いません。
    私の話を聞いて頂けるのなら」
テヅカ「ゴホッ……」
メクラ「良いですか?あの時のテヅカさん達の主張はこうでした。
    強風に煽られた女の子が歩道橋から落ちそうになった……。
    だから咄嗟に助けようと女の子を掴んだ。
    しかし支えきれずに落ちてしまった」
カジマ「あぁだがそれは奴らの言い訳だ、一欠片の信憑性も無い」
メクラ「そうでしょうか?あの日は台風が本土を直撃していました。
    つまり吹いていた強風はただの強風ではなかったのです。
    調べた結果、事件当夜の最大瞬間風速は70ノットでした。
    この風の強さ、あの場所にいたテヅカさんなら分かりますよね?」
テヅカ「……は、はい……特に強い風が吹いた時は大人も木に捕まるくらい強かった……」
メクラ「この事から、まず妹さんは風に煽られて落ちてもおかしくはなかった」
カジマ「俺もそれくらい調べたさ、確かにあの時の風速は異常だった。
    だけど……それが言い訳の理由にはなりにくい。
    なんたって状況証拠だ、首に絞殺の跡があったのはどう説明する?」
メクラ「はい……それが一番の問題でした。
    テヅカさんの裁判もザイゼン君の裁判もその絞殺の跡が決定的な証拠となった。
    そして4年前はその証拠が3人を有罪判決まで持ち込ませた。
    しかしテヅカさんは先程こう口走りましたね、咄嗟に首を掴んだと……」
テヅカ「…………それは……」
メクラ「この裁判記録にはそんな記述ありません。
    何故今になってそんな言葉が出てきたのですか?」
カジマ「ハッ!死に際に適当な言い訳が出てきただけだろ」
メクラ「それは直接彼に聞けば分かる事です、何故ですか?テヅカさん」
テヅカ「それは……後になって、知ったからです。
    事件当夜あの日はすっかり太陽が沈んでいました。
    それに近くに照明が少なかった。
    だから……咄嗟に掴んだ場所が何処だか分からなかった……。
    だけど……後になって分かりました、掴んだのは首だったのだと……」
カジマ「何故そんな事が分かる!?」
テヅカ「見て……しまったからです」
カジマ「見た、だと……?」
テヅカ「僕は週に1度あの歩道橋に行くんです、花束を添えに」
カジマ「歩道橋脇に置いてある花束、あんたが置いていたのか」
テヅカ「はい……」
メクラ「朝、カフェで持っていた花束はその為のものだったのですか……」
テヅカ「そうです……あの歩道橋は通学路、そして通勤路ですから。
    誰も居ない時間に置きに行っていました。
    昔からの習慣でした……勿論、こんな事で許されるとは思ってはいませんが
    やらないよりかはと思い続けていました。
    そして最近、僕は見てしまった……その、カジマさんの妹さんを」
カジマ「馬鹿な嘘を言うな……妹はもう死んで……」
メクラ「テヅカさんは亡くなった妹さんを見たのでしょう」
カジマ「は?あんた何言っているんだ」
メクラ「テヅカさんには見えるのですよ、亡くなった方が」
テヅカ「僕は……メクラさんから目を貰いました。
    霊が見える目を……移植したんです」
カジマ「なんだそれ……あんた等口裏合わせて俺を嵌めようとしてるのか?
    そうなんだな?適当な事ばかり……」
メクラ「信じ難いとは思いますが真実です。
    人を殺す腕、未来が聴こえる耳があるように……。
    私には霊が見える目があった」
カジマ「馬鹿な嘘はやめろ、メクラさんあんた言ったよな?
    耳を移植したのは裁判に必ず勝つ為だと。
    霊が見える目?そっちの方が断然役に立つんじゃないか?
    なのにそれを手放した?あんた、言っている事と矛盾しているよ。
    本当に裁判に勝ち続けるのがあんたの目的なら、そんな便利なもの手放したりしない」
メクラ「その通りです、しかも目は霊が見えるだけじゃない。
    霊の記憶も見る事が出来るのです」
カジマ「記憶?」
メクラ「ええ、霊が見せたい記憶を……鮮明に憶えている記憶を私に見せてくれるのです。
    フラッシュバックのように」
テヅカ「僕は見ました……あの子が見せてくれたんです、あの時の光景を」
    あの子が落ちそうになって、僕が首を掴んだ時の映像を」
カジマ「だから嘘をつくな!メクラさんあんた何で目を手放したんだ。
    その理由が説明できないと俺は納得できないね。
    まぁ、理由を聞いたとしても絶対に納得できないだろうが」
メクラ「……分かりました、私が何故目を手放したのかお話しします。
    カジマさんが納得できないとしても聞いてほしい……」
テヅカ「目を……手放した理由……」
メクラ「カジマさん、以前私の依頼者ザイゼン君が裁判後に
    被害者遺族へ挨拶をしに行ったという話をしましたが憶えていますか?」
カジマ「あぁ憶えているぜ、あの時の記憶もバッチリ残っている」
メクラ「私は、あの後ザイゼン君に会いました。
    しかし彼の表情は絶望に満ちていた。
    あなたから顔も見たくない、二度と来るな、お前も死ねば良かったと言われてしまった。
    そう言っていました」
カジマ「あぁ……それも憶えているぜ。
    俺は確かに言ったよ、俺は本心をさらけ出しただけさ。
    だって当たり前だろ……妹を殺した人間にそれ以上何を思う?」
メクラ「カジマさん、あなたのお気持ちは至極真っ当なものです。
    私も同じ立場だったらそう思っていたかもしれない」
カジマ「で、それがどうかしたのか?」
メクラ「ザイゼン君が、その後どうなったのか知っていますか?
    彼は……ビルの屋上から飛び降り自殺した。
    カジマさん一家に会ってから1時間後の事でした」
カジマ「知っているよ、ここ数日……復讐をする為に殺人者3人の情報を集めていたんだ。
    当時3人は未成年だった、だから情報が明るみに出ていない。
    本名を知るまでが凄く大変だったがそこで知ったよ、ザイゼンが既に死んでいたことに」
テヅカ「そんな……亡くなっていたなんて……」
メクラ「テヅカさんは丁度拘置されて情報を隔離されていましたからね。
    知らないのも無理はありません。
    しかし私が彼と合ったのは彼が亡くなってから1ヶ月後の事だった」
テヅカ「もしかして霊になったザイゼン君を……?」
メクラ「ええ……私はあの裁判後、不思議な夢を見るようになった。
    人が飛び降りる夢です、毎日のように同じ夢を見た。
    それが霊の仕業である事は、薄々気付いていました。
    だから調べてみたんです、夢で出てくる場所が何処なのかと。
    そして突き止めた、そこは……ザイゼン君が自殺した場所でした」
テヅカ「霊が……ザイゼン君がメクラさんを呼んでいた……?」
メクラ「恐らく……そうなのでしょうか?
    私はそのビルに足を運びました。
    そして見てしまった……彼が飛び降りる現場を。
    私がビルの下を通ると、屋上から霊となったザイゼン君が私を見下ろしていたんです。
    彼は悲しげな表情で私を見つめていました。
    そして、ザイゼン君は落ちた……。
    勿論、霊なので本当に落ちた訳ではありません。
    落ちるビジョンを私に見せたのです」
カジマ「何故そんな事をする……意味が分からない」
メクラ「霊は……未練などがあるとそんな行動をする事があります。
    彼は苦悩の末飛び降りたのでしょう、そして無念の中霊となった。
    だからその気持ちを私に伝えたかったのだと思います」
カジマ「殺人鬼が何を……」
メクラ「その時の記憶は今でも鮮明に残っています。
    そしてそれが私のトラウマとなってしまった。
    ふと彼が……彼の無念が私に問いかけるんです。
    そしてその度に私は苛まれた……。
    何故私はあの時……彼を信じて最後まで死力を尽くさなかったのかと……」
テヅカ「…………それが、目を手放した理由……」
メクラ「はい……この目を持っていると嫌でも人の死を見る事になります。
    無論、人の死を見る事も私の仕事の内です……。
    しかし私は耐えられなかった……彼らの悲痛な姿を見続けるのは……」
カジマ「……あんた、馬鹿だよ」
メクラ「…………」
カジマ「何でそこまで殺人鬼の肩を持つんだ?
    あいつが……ザイゼンが無実である確証も無いのに何でそこまで……あいつを引きずるんだ?
    俺には理解できない……」
メクラ「……彼が有罪である、という明確な証拠も無いからです」
カジマ「いや違う、奴は有罪判決を受けた!その時点で奴は有罪だ!」
メクラ「私も全力で捜査していれば……その結論に辿り着く事が出来たのでしょうね。
    最善の努力を尽くせなかったからこそあの事件は私にとって中途半端なものになってしまった。
    だからこそ……一番に後悔している裁判なのです」

(少し間が空く)

カジマ「……へえ成程ね、まぁ……あんたの話は信じてやるよ。
    だけどな、俺の意思は変わらない。
    妹を殺したのは確かにこいつだ……こいつらなんだ!
    だから俺は殺してやるんだ!絶対に!
    咄嗟に首を掴んだから?妹が過去の映像を見せてくれたから?
    そんなのが何になる!?何にも証明していない!
    こいつらは妹を殺した凶悪な殺人犯なんだ!」
メクラ「いえ……証明しているじゃないですか。
    今の今まで……私達は真実を知らずにいた。
    妹さんの首に何故絞殺の跡があったのか……その重要な部分が抜け落ちていた。
    だけど妹さんは教えてくれたんですよ、テヅカさんに……真実を。
    咄嗟に掴んだ場所が首だった……だから
    あなたは悪くないと妹さんがテヅカさんに言ったのです」
カジマ「ハッ!何であんたにそんな事が分かる!?
    妹が過去の映像を見せただけなのに何故そこまで妄想が膨らむ!?」
メクラ「それは……テヅカさんが故意に殺人など犯していないからです」
カジマ「だから何でそんな事が分かる!?」
メクラ「その殺人を犯すという腕……それがまやかしだからです」
カジマ「はぁ……?」
テヅカ「まやかし?腕が人を殺す事が嘘だと?」
メクラ「はい、そうです」
テヅカ「それはあり得ません……僕が断言します……。
    その腕は呪われているんです……それは変え難い事実です」
メクラ「勝手に動くという意味では確かに呪われています。
    しかし殺人衝動で動いている訳ではない、としたら?」
テヅカ「メクラさん、それは……それもあり得ないですよ。
    確かにこの腕は2人を殺している……」
メクラ「……カジマさん」
カジマ「…………なんだ」
メクラ「あなたの目標は事件に関わった3人です。
    ザイゼン君は既に亡くなっていますから勿論殺せません。
    テヅカさんは今、まさに殺そうとしている。
    ではもう1人はどうしました?」
カジマ「もう一人?」
メクラ「トキタ君ですよ、彼は今でも生きています。
    彼も殺す予定だったのでは?」
カジマ「……あぁ、こいつを殺してからやるつもりだ」
メクラ「嘘はよくありませんね」
カジマ「何……?」
メクラ「あなたは此処に来る前にトキタ君を殺すはずでした。
    しかし出来なかった……そうですね」
カジマ「あんた、それも聞いたって言うのか」
メクラ「ええ……聞いてしまいました」
テヅカ「ト、トキタ君を……?」
メクラ「私が聞いた場面はトキタ君を今まさに殺そうとする部分でした。
    しかしあなたはやめた、トキタ君は生き残った」
カジマ「何故それが今より前の出来事だと分かる?」
メクラ「気付きませんでしたか?近くで時報が鳴っていたんですよ?
    そしてその時報は今より過去の日付を示していた」
カジマ「て、適当な事を言うな!
    あんた本当はそんな事聞こえていないんだろう?
    俺を嵌める為に嘘を言っているだけさ!」
メクラ「いいえ、この事を耳にして不安になった私は実際にトキタ君に会って事情を聞いています。
    彼は言っていましたよ?あなたに襲われたと。
    何なら実際に会って確認してみましょうか?」
カジマ「…………」
メクラ「図星のようですね。
    テヅカさん……これが何を意味するか分かりますか?」
テヅカ「えっ……?」
メクラ「あなたの腕はトキタ君を殺せなかった、そういう事です。
    では何故殺せなかったのでしょう」
テヅカ「そ、それは……」
メクラ「あなたの腕は人を殺す為に動いている訳ではないからです」
テヅカ「いや……故意にカジマさんが殺人をやめたって事は」
メクラ「その腕が制御できれば苦労しませんよ。
    テヅカさんは自身の腕を制御できましたか?
    制御が出来なかったからこそ、殺人が発生したのでは?
    その腕が人を殺そうとするのであればカジマさんの意思に関係なくトキタ君は死んでいますよ」
テヅカ「いや待って下さい……そもそも腕のせいで殺人が発生しました。
    それは紛れも無い事実です」
メクラ「それは、これからご説明します。
    2つの事件にはある共通点がありました。
    調べて調べて……そして私はその小さな共通点を見つけてしまった。
    些細ですが、決定的な共通点です」
テヅカ「何ですか……その共通点って」
メクラ「テヅカさんの妹さん、そしてカジマさんの妹さんの共通点それは……」

(少し間が空く)

メクラ「死期が近かった事です」

(少し間が空く)

メクラ「妹さんの解剖記録を詳しく読んだ事はありますか?」
テヅカ「い、いえ……」
メクラ「妹さんの死因ですが裁判記録では胸を強打した事による撲殺、という事で処理されています。
    しかし解剖記録での妹さんの死因は窒息死なんですよ」
テヅカ「えっ……?」
メクラ「この資料を見て下さい。
    テヅカさんが妹さんの胸を粉砕した時間が14時頃、
    妹さんが窒息状態になったのが13時30分頃、
    そして妹さんの心肺が停止した時間が13時40分頃……そう書かれています」
テヅカ「と……いうことは」
メクラ「その右腕が胸を破壊した時、妹さんは既に亡くなっていた。
    いえ、正確には心肺停止状態だった事になります。
    これはほぼ死に掛けに近い状態となりますね」
カジマ「ハッ!じゃあこの腕は止めを刺した訳だ!追い打ちをかけた訳だ!
    やっぱり残忍な腕である事に変わり無い!」
テヅカ「そ、そうですよ……!
    この腕さえ無ければ妹を助ける事が出来たかもしれない……!
    そういうことですよね!?」
メクラ「いえ……残念ながらそれは無理でしょう。
    心肺停止後、完全に死亡するまで大体30分は要すると言われています。
    この状態に入ってしまった場合、回復は絶望的と言われています」
テヅカ「そ、そうだったんですか……」
カジマ「で、それが何を意味しているんだ?
    結論、妹さんはこいつに殺される前から死に掛けだった。
    あんたはこれしか証明していない。
    この右腕が殺人を犯した事、殺人狂だった事に変わりは無い!」
メクラ「そうですね、確かにその右腕は殺人を犯した……これは紛れも無い事実です。
    しかしこう考える事も出来るのではないでしょうか。
    苦しんでいた妹さんを楽にする為に殺したのだと」
カジマ「あんた正気か?どうやったらそんな前向きな発想出来るんだ?」
メクラ「右腕が動いた状況を考えての結論ですよ。
    右腕が殺したのは計2人、その右腕が本当に殺人狂なのであれば
    もっと被害者が出ていてもおかしくはないのではないでしょうか。
    ところでテヅカさん、その右腕ですが自律的に動くのはよくある事なのでしょうか?
    それとも殺人を行った2回だけしか動いていないのでしょうか?」
テヅカ「独りでに動いたのは殺人を行った2回だけです……。
    もしかしたら僕が寝ている時とかに動いていたのかもしれませんが……」
メクラ「であれば特異な状況でしか動かないと考えるのが自然でしょう。
    すなわち、苦しんでいるかつ助からない命が近くにある時、その命を絶つ為に動く。
    こう考える事が出来ます」
カジマ「あのな……そんな突拍子な憶測信じられる訳ないだろ?
    そもそもそんな状態で動くのだとしたら俺の妹はどうなるんだ?
    妹は死ぬ直前まで健康だったんだ、死ぬ要素なんて無いぞ!」
メクラ「それは本当ですか?」
カジマ「な、なに……?」
メクラ「実はカジマさんの妹さんについても調査しています。
    健康……だったのは確かですね。
    しかし亡くなる予言をされているのは何故でしょうか」
テヅカ「予言……?」

(少し間が空く)

メクラ「実は身勝手ながらカジマさんのご実家に訪問したのです。
    そこであなたのお母様から当時の事情をお聞き致しました」
カジマ「な……母さんにあったのか」
メクラ「はい、申し訳ありませんが調査の為に……。
    そして不可思議な事を聞く事が出来ました。
    あなたが……カジマさん自身が妹さんに死の予言をしていたと」
テヅカ「そんな事が出来るんですか……?」
メクラ「ええ、カジマさんなら可能でしょうね。
    先程少し口にしましたが私は未来が聴こえる耳を持っています。
    これは元々カジマさんの体の一部でした。
    つまりこの耳を手放すまで、カジマさんは未来を見据える事が出来た」
カジマ「で?その予言に何の関係が……」
メクラ「先程言いましたね。
    右腕が苦しんでいるかつ助からない命が近くにある時、その命を絶つ為に動くと。
    この状況に合致するんですよ、カジマさんの妹さんが。
    その理由は死の予言です。
    お母様はおっしゃっていました。
    カジマさんが妹さんにもうすぐ死ぬから気を付けろとしつこく言っていた……と。
    それを聞いて妹さんは酷く怖がっていたと。
    妹さんは死の恐怖に苦しんでいた、そして予言からは逃れられない。
    つまり妹さんは死が近い……状況が合致します」
テヅカ「でも……その死の予言が僕に殺される時のものだとすれば……」
メクラ「いいえ、妹さんが亡くなると予言されていた日付は亡くなった日から1年も前です。
    テヅカさんに殺される事を予言していると同時に日付も予言しているのであれば、
    亡くなった日をピッタリ言い当てるはずです」
カジマ「ふざけんな!」

(少し間が空く)

カジマ「その死の予言……確かに俺が見て妹に言ったよ……。
    妹が俺の予言で怯えていたのも確かだよ……。
    でも……関係無いだろ……。
    そいつが俺の妹を殺したのは事実なんだよ!」
メクラ「ええ、それは紛れも無い事実です。
    しかし故意に殺害していないという理由にはなりませんか?」
カジマ「なる訳ないだろ!
    そもそも今までの話は全部あんたの憶測に過ぎない!
    何の意味も無いんだよ!
    あと、あんた嘘ついてるよな!?」
メクラ「嘘……?」
カジマ「あんたが見た未来の話さ!
    俺とこいつのやり取りを聞いて此処へ来たと言っていたが此処へ来る前
    俺は背後に誰かの気配を感じていた。
    あれはあんただな?俺を怪しいと思い尾行していたんだろう?」
メクラ「それは……」
カジマ「それにトキタとのやり取りだ!
    あんたは近くで時報が鳴ったと言っていたが
    俺らが対面していた場所は人気のない海沿いだった。
    時報なんてなる訳が無い!」

(少し間が空く)

メクラ「そうですね……正直に言います、嘘をついていました。
    カジマさんを尾行して此処に辿り着き、
    そしてトキタ君とのやり取りはカジマさんのテヅカさんに言い放った、
    次の殺害対象……という言葉を元に考えました。
    ザイゼン君は既に亡くなっていますからテヅカさんを除けば対象はトキタ君だけです。
    これだけで十分推理できました」
カジマ「やっぱりデタラメじゃないか!」
メクラ「はい……私の言葉はデタラメで意味なんてありません。
    明確な証拠にはなりませんし、私の言っている事が当たっている証拠も一切無いです。
    でも……それでも私の言葉は……推理はテヅカさんを信じる足掛かりにはなりませんか!?」
カジマ「なる訳……なる訳無いだろ……。
    信じるなんてそんな事……出来る訳ない……!
    それにこいつは俺の殺人に共感した!
    こいつはわざわざ俺に会いに来て俺の考えに賛同したんだ!
    根っからの殺人鬼に変わり無い!」
メクラ「それはあなたを止める為の嘘です!私は相談を受けたんですよ!
    これから殺人を実行しようとしている人がいる。
    その人を止める手立ては無いか……。
    テヅカさんからそのような依頼を受けました。
    そして再度話を聞いてもらう為、テヅカさんはカジマさんに近付いた。
    自分の心を偽ってまであなたを止めようとしたんです!」
カジマ「嘘だ!そんなのあんたの嘘に決まってる!」
メクラ「嘘ではありません!
    今あなたの近くに見えるテヅカさんが本当のテヅカさんです!
    あなたの目に写るそのままのテヅカさんが本物のテヅカさんなんです!
    テヅカさんがあなたにはどのように見えますか!?
    あなたの瞳に写り込むテヅカさんはどのような人間ですか!?」
カジマ「俺の目に写る……」

(長い間が空く)

カジマ「薄々分かってはいたんだ……俺はとんだ勘違いをしているって。
    馬鹿なのは俺なんだって……」
メクラ「カジマさん……」
カジマ「メクラさん、あんたの推理……多分当たってるよ。
    この右腕……ただの人殺しの道具じゃない。
    本当に殺意のある物だったらもう2人はとっくのとうに死んでいる」
メクラ「トキタ君、そしてテヅカさんの事ですね」
カジマ「あぁ、あんたの言う通り俺は此処に来る前にトキタを殺しに行った。
    この右腕があれば殺せる、俺は出来ると信じていた。
    でも……出来なかった、俺は命を奪う直前で竦んじまった。
    その時に気付いちまったんだ、俺は自分から逃げているって」
テヅカ「自分……から」
カジマ「俺は妹が死んだその日から復讐を考えていた。
    妹を死に追いやった3人を殺してやる、そう心に誓っていたんだ。
    でも怖くて行動に移れなかった。
    怖くて足が竦んだ……臆病風に吹かれ続けていた……。
    裁判所に包丁を持って行った時も正直動ける気はしなかった。
    見つかって強制退場になった時は少し安堵したくらいだ……。
    そんな日が長く続いて続いて……自分が情けなかった。
    でもとある日に転機がやってきた。
    あんたの右腕だ……」
メクラ「復讐を完遂するには絶好の右腕が現れた……」
カジマ「あぁ……復讐の決意を明確なものにする為、俺は右腕を移植した。
    正直その腕の噂を信じちゃいなかった。
    でも俺の気持ちを奮い立たせるには十分だった。
    それに少し期待していたんだ、この腕が全部やってくれる……。
    俺が駄目でもこの右腕が復讐を果たしてくれるって……。
    でもそんなの何の意味も無い……。
    情けない自分から逃げているだけじゃないか……。
    何も出来ない自分を否定したいだけじゃないか……。
    そして自分から逃げているのは今も同じ……」
テヅカ「カ、カジマさん……」
カジマ「テヅカさん、俺はあんたがとことん悪い人間で
    殺されてもしょうがない存在である事を信じ続けていた。
    でも心の中ではそんな人間じゃないって分かっていた。
    会った時から分かっていた……。
    今もそうさ……あんたは人を殺すような人間じゃない、そう思っている。
    だが分かっていても俺は信じられなかった……信じたくなかった……。
    自分の本心から逃げていた……」
テヅカ「違いますよ……。
    僕は確かに妹さんを殺しているんです!
    恨むのは当然の事で、僕が悪いのは明白です!
    あなたが無理に僕を正当化しなくても良いんです!」
カジマ「いいや……俺があんたを責める事自体おかしいんだよ……。
    確かにあんたは俺の妹を殺した。
    でもそれは俺のせいなんだ。
    さっき話があったよな、俺が妹に死の予言をしたって。
    俺は確かに聞いたんだ。
    妹が不慮の事故で死亡する場面を音でな。
    だからそれを妹に必死で伝えて助けようとした……助かる筈無いのに……」
メクラ「助かる筈が無い……というのはどういう事なんですか……?」
カジマ「未来は確かに変えられる、それは間違いない。
    だが大まかな流れはどうあがいても変えられないんだ。
    例えば誰かが足に怪我を負う未来が見えてそれを阻止するとする。
    その場では阻止できても近い内に必ずその人は足に怪我を負う事になる。
    場所、時、それが違えど大きな流れは変わらない。
    しかも事は大きくなっていく傾向にある。
    怪我であれば小さな切り傷から青痣が出来る打撲、
    そして入院が必要な程の傷、手術が必要な程の傷みたいに程度が増大していく。
    これが未来を変えるって事なんだ」
メクラ「で、では……」
カジマ「あぁ……妹の死が見えた時点で妹が死ぬのは決まっていた」
テヅカ「そんな……」
カジマ「メクラさん、投身自殺しようとする生徒を助けた話……憶えているか?」
メクラ「ええ……憶えています」
カジマ「あいつ……あれから3日後に亡くなったんだ。
    また学校の屋上から自殺を図った。
    しかもたまたまその下を通る別の生徒と接触、その生徒も巻き添えで亡くなった」
メクラ「助けた結果……事が大きくなった……」
カジマ「そう……その時に気が付いた。
    未来は変えられないんだって……変えた所で状況が悪化するってな。
    でもそれが分かっていても尚、俺は妹の死を回避し続けた。
    妹が生きる為に死力を尽くした。
    だが……それがテヅカさん達を巻き込んだ原因となってしまったんだ。
    妹1人が死ぬだけの筈だった……。
    だけど何の関係も無い3人を巻き添えにしてしまった……」
メクラ「そんな事実があったなんて……」
カジマ「妹を苦しめ続けてしまったのも俺だ……。
    死の予言をして以降、妹は恐怖から学校にも行かなくなった。
    外に出るのが怖い、そう言って家に引き籠る様になった。
    理由は簡単さ、死を回避させた事により新たな死がやってくるんだ。
    何処でいつ死ぬか分からない、それが怖くて妹は動けずにいた。
    だが死は家の中にも入り込んできた。
    窓から突如鎌が飛んでくる、棚が不自然に倒れて妹を押し潰そうとする。
    そんなあり得ない事象がただただ起こり続けていた」
メクラ「カジマさん自身も苦しかったでしょうね……」
カジマ「苦しかったさ……日に日にストレスで痩せていく妹を見るのは……。
    だけど本当に苦しかったのは妹だ。
    俺が予言を伝えなければ妹は死ぬまで幸せな時間を過ごせる筈だったんだ……。
    俺が中途半端に助けようとしなければあんな恐ろしい体験する必要無かったんだ……。
    妹は……俺を心底恨んでいるだろうよ……」
メクラ「それは……」
カジマ「だけど苦しい日々も唐突に終わりを告げたよ。
    運命の日、妹は耐えられず発狂して外へ飛び出した。
    安全な場所が無いと嘆いていたから仕方が無い事だった。
    俺も追ったが……不覚にも見失った。
    そしてそれが生きている妹を見た最後の瞬間だった」
メクラ「……未来とはなんと残酷なものなのでしょうか……」
カジマ「残酷だな、だけど人間が見るべきなのは今なんだ……未来じゃない。
    俺は来るべき未来から逃げて……そして多くの人を巻き添えにしてしまった……。
    そして現実が受け入れられなくて俺は矛先をテヅカさんに向けた。
    愚かな話さ……俺は未来からも現実からも妹からも逃げていた……。
    責められるべき男は……俺なのさ……」

(少し間が空く)

テヅカ「カジマさん、助けられないと分かっていても尚、
    諦めないあなたは立派な人だと思います。
    僕は助けられる立場な筈なのに自分の妹もあなたの妹さんも助ける事が出来なかった。
    責められるべきは僕です。
    だからあなたは胸を張って下さい……。
    カジマさん自身の為にも……妹さんの為にも……」
カジマ「……すまねぇ」

●=====シーンラスト『駅前の橋上』==========================================================

4月26日

メクラ「どうも、おはようございます」
テヅカ「メ、メクラさん!?何でここに……!」
メクラ「早朝、ここに来ればあなたに会えると思いましてね。
    花束ですか、カジマさんの妹さんに?」
テヅカ「はい……これからもこの習慣は続けようと思ってます。
    これが僕に出来るせめてもの償いですから……」
メクラ「そうですか」
テヅカ「ところで何か御用ですか?」
メクラ「あぁ!実はこれをあなたに届けに参りました」
テヅカ「これは花束……ですか?一体誰が……」
メクラ「カジマさんからあなたの妹さんとザイゼン君に……だそうです」
テヅカ「カジマさんが……」
メクラ「彼は今いろいろと忙しいですからね、代わりに私が。
    ほら……殺人未遂とかいろいろと」
テヅカ「あっ……そうですか。
    本当にカジマさんには申し訳ない事をしたと思っています……」
メクラ「気にしないで下さい……とも言っていましたよ。
    だからむしろ気にする方がカジマさんに悪いです」
テヅカ「ですが……」
メクラ「あなたはしっかりと刑期を終えているのです、胸を張って下さい」
テヅカ「……分かりました、でも背負っていきます……一生」
メクラ「テヅカさんらしい回答ですね。
    ちなみにカジマさんについても心配しなくて良いですよ!
    私がしっかりと仕事してきますから!」
テヅカ「メクラさんがカジマさんの担当をするんですか!?」
メクラ「ええ、全力で弁護します!」
テヅカ「ははは……メクラさんなら安心ですね」
メクラ「それはどうも!
    あっ!ところで1つ伺いたい事が……」
テヅカ「何ですか?」
メクラ「当初の目的……果たせたのですか?
    その……あなたの妹さんに会う事について」
テヅカ「それが……何処を探しても見つからないんです。
    家もお墓も……少なからず関係のある場所には足を運んだのですが見当たりません」
メクラ「そうですか……」
テヅカ「僕を避けているのかしれません……会いたくなくて……」
メクラ「成仏しているのではないでしょうか」
テヅカ「成仏……?」
メクラ「その目に見えるのは未練を抱えて現実世界に残っている霊だけですから。
    つまり妹さんはあなたに恨みは抱えずに天国へ行っているのではないでしょうか。
    あなたに非が無い事もきっと分かってくれていますよ」
テヅカ「そう……でしょうか……」
メクラ「ええ、きっと」
テヅカ「本当に……?」
メクラ「ええ、必ず」
テヅカ「メクラさん……うっ……うぅ……」
メクラ「だ、大丈夫ですか?」
テヅカ「はい……僕は……すいません……涙が止まらなくて……」
メクラ「良いんですよ、泣きたい時は泣くに限ります」
テヅカ「えぐっ……ひっく……うわあああん」
メクラ「ははは、そうです……泣きましょう」
テヅカ「うっうっ……ありがとうございました、本当に……。
    あなたに感謝しています、僕は……えっぐ」
メクラ「私もあなたに感謝しています。
    おかげで大切な物を取り戻した気がします」
テヅカ「ぐずっ……」
メクラ「少し落ち着いてきましたか?」
テヅカ「はい……大丈夫です」
メクラ「そうですか、では私はそろそろ……」
テヅカ「あっ!待って下さい!2つだけ……あと2つだけ聞いていいですか?」
メクラ「何でしょう?」
テヅカ「メクラさんどう思いますか?
    その……カジマさんの妹さんを絞殺してしまった時の僕の右腕です。
    メクラさん言っていましたよね……僕の右腕は苦しんでいるかつ助からない人の命を絶つと。
    でもあの時僕の右腕は橋から落ちそうになった妹さんを掴んだ。
    これは……その……何か違いますよね。
    僕はメクラさんの推理を否定する気ないんですけど……。
    やっぱり疑問が残ると信じきれなくて……」
メクラ「それは私も疑問に思っていました。
    多分、テヅカさん自身の力も働いたのではないでしょうか?」
テヅカ「僕の力?」
メクラ「あなたは落下する妹さんを助けようとしたんです。
    だけど腕は妹さんを殺そうとした……これで合点がいきます。
    2つの力が働きあの結果になった、と」
テヅカ「……成程、やっぱりメクラさんは凄いですね。
    そんな可能性思いもつきませんでした」
メクラ「まぁ……全部私の想像に過ぎませんがあなたが故意に殺人を行ったとは考えられません。
    だからこその推理ですよ」
テヅカ「メクラさん……」
メクラ「もう1つの質問は何でしょうか?」
テヅカ「あ……その……」

(少し間が空く)

テヅカ「僕は自分の未来に……これからの人生に意味を見出しても良いのでしょうか……?」
メクラ「……ええ、あなたはご自身で自身の未来を切り開いて下さい。
    これは私の御願いでもあります。
    あなたには自信を持って前を向いて歩いてほしい」

(少し間が空く)

テヅカ「ありがとう……ございます……」
メクラ「頑張って下さいね」
テヅカ「はい……メクラさんも……お元気で……」
メクラ「ええ……また何処かで会える事を祈っています」
テヅカ「僕も……強い男になります。
    カジマさんのように大切な人を全力で守る強い男に……」
メクラ「楽しみにしています。
    では……次会う時まで異物交換同盟に幸あれ」

終わり

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